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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(11)「赤化・北朝鮮」に残された邦人 家族と引き裂かれ友は殺された

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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】
(11)「赤化・北朝鮮」に残された邦人 家族と引き裂かれ友は殺された

 「僕は生きたい」

 佐藤尚(なお)(86)は、日本海側の港町、清津の中学(旧制)2年生だった。両親と兄、妹の5人家族。ソ連軍が侵攻してきたのは昭和20年8月13日、関東州の旅順高(旧制)に通っていた兄を除き、4人が清津の自宅に残っていた。

 海上からの激しい艦砲射撃に続いて次々とソ連兵が上陸してくる。避難勧告が出されたその日の夕方。銃弾がビュンビュンと飛び交うギリギリの状況の中で、尚は、父親から“究極の選択”を迫られる。

 「私たちはここ(清津)に残る。お前はどうする、生きたいか?」

 母親の病が重く、動かせる状態ではなかった。すでに医師もいない。妹は逃げるには幼すぎた。つまり、1人で逃げられる可能性があるのは、13歳の尚だけだったのである。

 「僕は生きたい」と答えた尚に父は、幾ばくかのお金と食料、衣服をリュックに詰めて裏口から送り出してくれた。ひたすら歩き、何とか無蓋(むがい)貨車に乗り込んで南下を続け、途中で親類の一家と合流。南との境にそびえる金剛山を、ようやく越えられたのは、翌年の6月のことだった。

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