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【オリンピズム】メルボルンの風(中)負けたらどう弁解したらいいか

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【オリンピズム】
メルボルンの風(中)負けたらどう弁解したらいいか

勝った方が五輪出場となる決戦で京大(手前)を追う慶大=1956年8月12日、埼玉県戸田市の戸田ボートコース(岩崎洋三氏提供) 勝った方が五輪出場となる決戦で京大(手前)を追う慶大=1956年8月12日、埼玉県戸田市の戸田ボートコース(岩崎洋三氏提供)

 衣非の下、鍛え直されたクルーは予選4試合を圧勝し、決勝リーグに進む。東大は卒業生も含む「オール東大」で五輪代表の大本命だったが、慶大は素早いピッチで快走して勝利。続く一橋大にも勝ち、残るは2勝同士で迎えた京大との決戦となった。

 このとき慶大は大きな問題を抱えていた。工学部との連携で水面を滑るような新型ボートを造り、これが快走を支えるのだが、木のオールが軟らかすぎて強い推進力が得られなかった。予選では出場しない京大からオールを借りられても、決勝リーグで京大と対戦するとなるとそうはいかない。同様のオールを使っている別の大学を探し、試合前夜に借りるきわどさだった。

 迎えた京大との決戦。56年8月12日午前11時スタート。距離は2千メートル。衣非の指示は「千メートルで水をあけるつもりで飛び出せ」。しかし、「スタートの京大」の異名を取る相手にどんどん離され、中盤でその差は実に24メートル。ここから「ラストの慶大」と呼ばれるクルーの反撃が始まる。

 主将、須永定博の脳裏にはいろんな思いが走馬灯のように駆けめぐった。「必ずオリンピックに行く。行きたかったらボートに乗れ」と後輩に言ったが、ここで負けたらどう弁解したらいいのか-。細かいスパートで追い上げる。

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