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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】「日本がつくった」と、なぜ言わない?! (10)鉄道と水道の密接な関係

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 戦後も日本の技術で

 日本が関与した水道の話は戦後も続く。

 日韓の国交が正常化した昭和40(1965)年、当時の韓国国家予算を上回る5億ドル(有償・無償)の巨費が日本から供与されたことはすでに書いた。この資金を利用して、老朽化や供給量不足に陥っていた韓国約10都市の上水道を再整備する計画が持ち上がる。

 実際には、新日鉄(現新日鉄住金)が全面協力した韓国東海岸・浦項(ポハン)製鉄所の建設にも、その資金が回されたため、水道整備計画は縮小されたが、これを担当したのもまた日本の技術者だった。当時の韓国にはこうした技術がなく、日本に頼るほかなかったからである。

 東大名誉教授(衛生工学)の藤田賢二(83)は当時、水道メーカーの技術者として、1960年代後半から70年代にかけて韓国での事業を担当した。大田(韓国中部)、光州(同南部)2都市の取水・導水・浄水施設の計画、設計、建設に携わり、冷却水などに大量の水を使う浦項製鉄所の案件も担当した。渡韓は数十回に及ぶ。「当時はまだ日本語をできる人がたくさんいて、鳶(とび)職人のかけ声などは、日本とまったく同じだったので驚きました」と懐かしむ。

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