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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】「日本がつくった」と、なぜ言わない?! (10)鉄道と水道の密接な関係

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 当時、内地と満州を結ぶルートは主に3つ。他に、日本海側の敦賀(つるが)まで鉄道で行き、船で日本海を横断する▽神戸・門司から日満航路の船で大連(関東州)へ着く-方法があったが、朝鮮経由が最も早かった。鮮鉄は、日本から満州やその先のヨーロッパへ向かう足がかりとなったのである。また、京城、平壌などの都市には路面電車も順次、整備され、市民には欠かせない足となってゆく。

 19世紀末から始まった朝鮮の鉄道網建設は急ピッチで進められ、終戦までに総延長約5000キロメートルに達した。鉄道事業収入は、慢性的な歳入不足に悩む朝鮮の財政に大いに貢献したが、新線建設や運営コストも重くのしかかり、費用調達のために巨額の公債を発行せねばならなかった。

 昭和8年度の朝鮮総督府特別会計予算を見ると、鉄道収入約6500万円(歳入全体の28%)に対し、経費は約6900万円で、約400万円の赤字。経費から鉄道建設・改良費を除いた数字でやっと約1500万円の黒字となる。

 この鉄道と水道は一見無関係のようで実は不可分のつながりがあった。

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