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【北京春秋】東日本大震災7年目の起業

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 東日本大震災からまもなく7年。宮城県女川町では約160人の中国人が被災した。しかし研修・勤務先の日本人たちに助けられ、誰も津波で命を落とすことはなかった。中国に戻ったある女性を訪ねた。

 大連市在住の叢偉さん(37)。地元の人材派遣会社を通じ、女川に行ったのが2009年。「空が真っ青で、家や車が小さくて…まるで童話の世界でした」。そんなファンタジーも11年3月11日に幕を閉じる。

 初めて体験する激しい揺れの後、他の中国人研修生ら19人と水産会社の外で立ち尽くしていた。社の専務が飛んできた。

 「ここにいてはだめだよ」。当時50代半ばの専務はいつも優しかった。このときも慌てず、20人の中国人を高台へ誘導し、会社に引き返した。津波が社屋を襲ったのはその後である。

 帰国した叢さんは翌年2月、「今こそ人手が必要なはず」と女川に戻った。家族は猛反対したが、亡くなった専務への「恩返し」の気持ちが強かった。変わり果てた町でブルドーザーの音を聞きながら1年半働いた。

 「あの震災で愛情や友情とは何かを学んだのです」

 昨年、大連で小さな人材派遣会社を立ち上げた。日本にも中国人の若者を送り出している。「人の運命を変えるようなことができたら」と願う。あの日の専務のように。(藤本欣也)

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