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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(7)京城帝大の「終戦」 なごやかに引き継いだ日朝師弟

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 京城帝大(城大、予科を含む)教授→愛知大への転出組は10人以上だ。民法などを担当した松坂佐一(さいち)(監事、予科長、教授)は後に名古屋大総長、経済原論などを受け持った四方(しかた)博(理事、教授)も後に岐阜大、愛知県立大の学長になった。“京城帝大人脈”が、多くの枢軸ポストについていたことが分かる。

 ◆引き揚げ時期で明暗

 京城帝大予科に在籍していた学生も内地(日本)の旧制高校などへの転入を迫られる事態となった。

 昭和20年4月、約14倍の高い競争率をくぐりぬけてせっかく入ったばかりの城大予科(理科)1年の山田卓良(たかよし)(89)は4カ月で終戦を迎え、翌年、旧制佐賀高へ転入、大阪帝大へと進んでいる。やはり、終戦の年に予科(文科)へ入学した船越一郎(89)は、旧制松江高→九州帝大へ進学した。

 山田の集計によれば、終戦時、城大予科に在籍していた日本人463人のうち、内地の旧制高校へ転入したのは313人。山田は、「六高(岡山)など空襲で校舎が焼けて受け入れられなかった学校もあったが、ほぼ全国の高校が受け入れた。特に朝鮮と近い九州の高校(五高、七高、福岡高、佐賀高)は多かった」という。

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