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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(6)韓国に息づいた城大人脈 卒業生が新しい国造りに貢献

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 陸が言うように、ソウル大は、京城帝大の校舎・教員・蔵書などを引き継いでできたのだ。韓国建国(1948年)直後にソウル大へ入学した80代のOBは、「当時は京城帝大の影響が色濃く残っており、ソウル大の前身であることは言わずもがなでした。城大などつくってもらわずとも朝鮮人の手で民立大学ができたという人がいるけど、実際には、そんな力はなかったと思いますよ」。

 ◆一番良かった時代

 京城帝大の日韓のOBは戦後もわだかまりなく交流を続けてきた。日本側の同窓会誌には、昔を懐かしむ韓国人OBによる投稿も数多く寄せられている。

 予科(理科)に在籍した閔建植は《終戦後、日本の級友に出合うとこちらは何とも思っていないのに相手側はよそよそしい態度をとったのはとても変な気分だった(略)僕らの一生で一番良かった時代…ただ残念なことは今は国が違い、自由に同窓会に参加できないこと、後続者のいない淋(さび)しさ。最後の一人になるまで懐かしい同窓会が続いてゆくことを切望している》

 戦後、日韓会談の首席代表や高麗大総長を務めた兪鎮午(ユ・ジノ)(1906~87年)は創設時に予科に入学した1期生(法文学部卒)だ。兪は、朝鮮人による民立大学運動を総督府が邪魔をした、と指摘しながらも、《…朝鮮内に初めて大学ができた、その予科に初めて入るのだというので、ただうれしいだけだったのは本当の話です。総督府が民立大学を邪魔して、代わりに入れというから不愉快だったというような気持ちは別になかった訳(わけ)です》

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