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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(6)韓国に息づいた城大人脈 卒業生が新しい国造りに貢献

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 長々と書いたのは彼らの「親日」ぶりをアピールする意図ではない。優秀な研究者、軍人であった彼らの進学コースが当時は当たり前だった、ということを分かってほしいのである。

 ◆ソウル大が「後身」

 終戦後、連合国軍総司令部(GHQ)民間情報教育局の仕事をするため、日本に滞在していた陸芝修は、昭和27(1952)年3月付で、京城帝大同窓会誌に、「その後の城大(京城帝大の略称)」という一文を寄せている。

 《終戦後の城大の変貌をお話しましょう。城大は1946年の(米)軍政時代に、文字通りの発展的解消をとげました。即(すなわ)ち軍令により(同年)「国立ソウル大学校」が設立されました。城大の法文学部のうち、法科は京城法専と合併して法科大学(学部のこと)に、医学部と医専が医科大学に…此等(これら)の単科大学が総合大学たるソウル大学校になったのです》

 この文が書かれた昭和27年は、朝鮮戦争(1950~53年)の最中、日韓国交正常化(昭和40年)の13年前である。陸は、戦争による爆撃で、懐かしい予科の校舎がなくなったこと。戦後の韓国で、かつて専門学校だった「延禧(現・延世大)」「普成(同高麗大)」などが大学へ昇格したことを報告しているが、中でもソウル大の人気が格別なのは「45万以上の蔵書を持っていること」が原因だと誇らしげに書いている。

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