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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(5)「外地初」となった京城帝大 豪華な教授陣と恵まれた設備

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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】
(5)「外地初」となった京城帝大 豪華な教授陣と恵まれた設備

京城(現韓国ソウル)清涼里にあった予科の校舎 京城(現韓国ソウル)清涼里にあった予科の校舎

 同じ大陸で日本が強い影響力を行使した満州など現中国東北部には、奉天(現瀋陽)に満鉄がつくった満州医大や、旅順工大などいくつも名門単科大学があったが、帝国大学も総合大学もできなかった。

全朝鮮青年の登竜門

 京城帝大の「特色と使命」について、学部開設を目前に控えた大正15年3月の帝国議会答弁で、湯浅倉平総長(事務取扱)はこう答弁している。

 《朝鮮の古代に発達しております支那大陸の文化、これを朝鮮がわが国に紹介し伝達をいたしました。(略)京城に設置されます帝国大学におきましては特に朝鮮の文学、朝鮮の歴史、これ等(ら)の点につきまして内地の各大学と異なった点に格別の注意をなすことになっております》(『紺碧(こんぺき)遙(はる)かに-京城帝国大学創立五十周年記念誌』)

 朝鮮の伝統を生かしつつ、朝鮮に生まれ、朝鮮の近代化に尽くす人材を育成する-この方針は、予科設置時にも貫かれた。基本的に上部の大学(この場合、京城帝大)にのみ進学する大学予科ではなく、当初はどこの帝大にも進学可能な高等学校(旧制)を設立する話があった。だが、それでは「内地(日本)からの受験生が殺到してしまい、朝鮮の学生の教育機会が奪われてしまう」として、予科(2年制、後に3年制)になった経緯がある。

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