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【正論】学問と自己錬磨への熾烈な欲望なき民族に堕した日本 吉田松陰の「リアリズム」に覚醒せよ 文芸評論家・小川榮太郎

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【正論】
学問と自己錬磨への熾烈な欲望なき民族に堕した日本 吉田松陰の「リアリズム」に覚醒せよ 文芸評論家・小川榮太郎

文芸評論家・小川榮太郎氏(飯田英男撮影) 文芸評論家・小川榮太郎氏(飯田英男撮影)

≪国の為にできることはなにか≫

 彼は一藩の微臣である上、罪を得て獄中生活を繰り返してゐた。生きて、政治的な結果を作り出すことが不可能な立場にゐた。ならばどうすべきか。このジレンマは松陰に、無力な自分を最大限活かすにはどうすべきかを厳しく省察することを要求し、自己省察が苛烈になるにつれ、松陰の世界観や時局観もまた正確になつてゆく。

 松陰が最後、老中・間部詮勝の暗殺を企てたとき、高杉晋作、久坂玄瑞ら直弟子は時機ではないとして反対する手紙を出す。それを読んだ松陰が「僕は忠義をする積り、諸友は功業をなす積り」と慨嘆したのはよく知られてゐる。

 功業は結果だが、松陰はその結果を作れない立場にある。しかし一人の人間に、匹夫だらうが、獄に婁がれてゐようが、国の為(ため)にできることがあるとすれば、それは何か。諸友に先駆けて死ぬことによる覚醒の促しではないか。これが松陰が錬磨と迷悟とを重ねた揚げ句、辿(たど)り着いた思想であり、結果を見れば、悲しい程時宜を得たリアリズムだつたのである。

 今、学問と自己錬磨への熾烈(しれつ)な欲望なき民族に堕した日本には、果敢なリアリスト松陰もまた出現しようがない。今の日本に歴史のダイナミズムを体で生き抜くやうな真のリアリストが出現すれば、逆にアナクロニストとして失笑されるだけであらう。

 中国の台頭を支へる若手愛国エリートたちと交際するにつけ、既に初老にして浅学・菲才(ひさい)の私の焦慮は、只(ただ)ならない。(文芸評論家・小川榮太郎 おがわえいたろう)

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