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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(2)創氏改名は「強制ではない」 是々非々貫いた朝鮮人検事

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 朝鮮で近代的司法制度を整えたのは日本である。高等法院(京城=現・韓国ソウル)-覆審法院(京城・平壌・大邱)-地方法院の三審制、それぞれに対応する検事局が設けられた。

 起訴や捜査、法務行政を握る検事が強大な権力を持っていたのは日本統治下の朝鮮でも変わりはない。

 検事の中で朝鮮人として出世頭のポジションにあったのが、大和田元一(げんいち)(朝鮮名・李炳●=1905~92年)である。九州帝国大学を出て昭和9年の高等試験司法科(現在の司法試験に相当)に合格。30代で朝鮮人としては異例の平壌覆審法院検事局検事(現在の高検検事に相当、ランクは高等官四等)に出世した。

 19年1月の司法部職員録を見れば、京城覆審法院検事局の朝鮮人検事として大和田より上位(高等官三等)に閔丙晟の名前がある。ただ、明治23年生まれの閔はこのとき50代。京城専修学校出身の“たたき上げ”であり、「キャリア組」の大和田が朝鮮人検事のリーダー格だったと言って差し支えないだろう。

 大和田の前半生は日本の朝鮮統治と重なっている。出身は、朝鮮半島南東部の慶尚北道・金泉の名家(両班(ヤンバン))、父親は日韓併合前の大韓帝国時代、郡守(首長)を務めていた。生後5年で日韓併合(明治43年)となり、朝鮮の教育環境は日本によって急ピッチで整備が進む。具体的なデータを挙げてみたい。

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