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【国語逍遥】(86)清湖口敏 一旦緩急あれば 「文法の誤り」とは何ごとぞ

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【国語逍遥】
(86)清湖口敏 一旦緩急あれば 「文法の誤り」とは何ごとぞ

湯島天神の社殿。境内には、お蔦と主税の悲恋物語『婦系図』を著した泉鏡花の筆塚(下)もある=東京都文京区(筆者撮影) 湯島天神の社殿。境内には、お蔦と主税の悲恋物語『婦系図』を著した泉鏡花の筆塚(下)もある=東京都文京区(筆者撮影)

 「あれば」の正当性は以上の「加地説」で言い尽くされ、付け加える余地は全くないが、かといって「では今回の小欄はこれにて」ともいかないので、古文の「ば」の用例をもう少し詳しくみてみたい。

 万葉集に載る山上憶良の長歌「瓜(うり)食(は)めば子ども思ほゆ…」の「食めば」がまさしく右の(3)に該当し、「瓜を食うといつも子供のことが思われ」の意味になる。

 百人一首の「明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな」も「夜が明けてしまうと、必ずまた日が暮れるものとは知っていながら…」と、やはり(3)の例に挙げられよう。旺文社全訳古語辞典は「『ぬれば』は『已然形+ば』で、ここは恒常条件を表す。『…と、いつもきまって』の意」とわざわざ注記している。

 それなのにどう勘違いしたのか、「夜が明けてしまったので、再び日が暮れて…」と(2)の「理由」に解した古語辞典が、私の知る限りでわずか1点とはいえあったのには驚かされた。

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