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【一筆多論】米「シムズ理論」の現実味 懸念は曲解して野放図な歳出膨張へ向かうことだ 長谷川秀行

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【一筆多論】
米「シムズ理論」の現実味 懸念は曲解して野放図な歳出膨張へ向かうことだ 長谷川秀行

 日本は、多くの経済的な課題で「先進国」といわれる。どこよりも早く少子高齢化が進み、財政悪化も群を抜く。欧米が低成長や低インフレに悩む姿は、「失われた20年」に陥った日本の軌跡と重なるものだ。

 課題先進国であるがゆえに、経済学の「実験場」となるのか。世界の学者は日本経済についてさまざまな処方箋を示してきた。そこには、実際の政策として有効なものもあれば、現実離れした議論もある。

 デフレ脱却の切り札として話題の「シムズ理論」はどうだろう。最近来日したノーベル賞学者、米プリンストン大のクリストファー・シムズ教授が唱える財政再建棚上げ論のことだ。

 安倍晋三政権の経済ブレーン、内閣官房参与の浜田宏一・米エール大名誉教授が賛同したため、一躍脚光を浴びるようになった。

 かいつまんで言うと、インフレやデフレは、中央銀行の金融政策ではなく、政府の財政政策で決まるという内容だ。「物価水準の財政理論(FTPL)」というのが正式名称である。

 これだけでは分かりにくいので、日本の状況を当てはめると、こうなる。

 日銀は、2%の物価上昇率目標に向けてマイナス金利政策を続けているが、金利がゼロ近傍になると、日銀の政策では物価を思うように動かせなくなる。

 その打開のため、財政悪化を容認して物価を上げるというのがシムズ氏の理論だ。具体的には、2%目標を達成するまで消費税増税を延期することを、政府が宣言すべきだという。

 財務省はもちろん、消費税増税を前提に金融政策を講じてきた日銀も容認し難い劇薬だろう。黒田東彦総裁は国会で「(物価水準の決定は)金融政策が非常に重要な要素であることに変わりない」と反論した。

 だから検討は不要だと言いたいわけではない。経済に力強さが戻るなら、大胆に採用する判断があってもいい。だが、実際の効果には不透明な部分がある。

 まず押さえておきたいのは、この理論は単純な財政拡大論ではないということだ。その核心は、国の借金は増税で返済するのではなく、インフレで目減りさせるということを、国民に信じ込ませる点にある。

 増税しないと国が約束すると財布のひもは緩む。インフレが起こる前に消費や投資を急ぐ。想定されるのはそんな効果である。

 だが、そう都合良く運ぶのか。国の政策への不信が先に立ち、逆に生活防衛意識が強まることはないか。

 インフレ期待に働きかけるという点では、日銀の異次元緩和とも共通する。だが、日銀は想定したような成果を挙げていない。

 日本は他国と比べ、過去の物価動向に引きずられやすい傾向があり、インフレ期待が高まりにくいというのが日銀の分析だ。国がやれば違うと言えるのか。

 懸念するのは、シムズ理論を曲解して野放図な歳出膨張へと向かうことだ。その結果、将来の増税が避けられないという予想が広がると、理論が想定するインフレの前提が崩れる。

 政府与党は、その点をうまくコントロールできるのか。むしろ懸念が現実味を帯びよう。(論説副委員長)

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