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【マキャベリ流-是非に及ばず】NOBUNAGA(2)信長最期の言葉は「言語道断」… 深まる謎

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【マキャベリ流-是非に及ばず】
NOBUNAGA(2)信長最期の言葉は「言語道断」… 深まる謎

「本能寺の変」の直前、明智光秀も望んだであろう京都中心部の遠景=愛宕山から(関厚夫撮影) 「本能寺の変」の直前、明智光秀も望んだであろう京都中心部の遠景=愛宕山から(関厚夫撮影)

 そこで信長が使った意味を検討してゆくと、「是非に及ばず」の3分の2、また「是非なき題目」の少なくとも4分の3は「言語道断」と訳してよく、残りは「残念」または「面目ない」といったニュアンスだった。

 一方で、20近くあり、最も母数の多かった「是非なし」は勘定が難しい。複数の解釈が可能な場合が多く、これまた異論を承知のうえで「『言語道断』とも訳せる」として間口を広げると、その割合は70%をゆうに超した。

 信長以外の戦国武将らがこれらの表現を使ったさい、訳語としてもっとも多かったのは「すばらしい」。ただ、意味の広がりは否定的なものから肯定的なものまで『信長公記』を上回る。戦国期、そもそも「是非-」が“共通語”として通用していたのか疑わしいくらいだ。

 いや、ひょっとすると、「是非-」といった一連の表現そのものには意味はない可能性もある。枕詞(まくらことば)が変幻自在化したようなもので、ある感情を最大限に強調するときに用いられ、意味については、前後の言葉や文脈によって判断すべきなのかもしれない。

 そんななか、信長は彼独特の言語感覚を発揮し、おもに「言語道断」「けしからん」といった感情を表現するときに用いていた…。

 わかった。本能寺の変における「是非に及ばず」は彼の怒りと無念の爆発なのだ-。

                   

 (疲れた…。でもまあ、答えらしきものは出せたかな)

 ひと息ついたときだった。

 「おいおい、おめでたい野郎だな。それで謎解きは終わりかい? 肝心の疑問に答えていないじゃないか。百歩譲って信長が『言語道断』という意味で『是非に及ばす』と言ったとしよう。ではそれは光秀に向けられているのか、それとも光秀の逆心を見抜けず、千載一遇の隙をみせた自分に向けられているのか。いったいどっちなんだい?」

 ふいに冷笑を含んだささやきが聞こえてきた。無茶(むちゃ)振りばかりする例の上司か? いや違う。妙に甲高い、聞いたことのない声だ。

 だれだ、お前は?(編集委員 関厚夫)

                   

 ※中央公論社「世界の名著21マキアヴェリ」所収『君主論』(一部編集)

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