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【産経抄】9月11日

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【産経抄】
9月11日

 気のふさぐ朝や仕事が行き詰まった夜につぶやく歌がある。

 ▼〈片仮名のトの字に一の引きようで、上になったり下になったり〉。この文句を頭の中に吹き込むと、苦の種だった困難が「試練」と思えてくることがある。「発想の転換を」と凝り固まった思考がほぐされることもある。心を奮い立たす栄養剤とするか、視界を洗う目薬とするか。「一」の解釈は人それぞれでよい。

 ▼1本の絵筆を口で持ち、穏やかな水彩画と詩歌の数々を生んだのは詩画作家の星野富弘さんである。24歳で事故に遭い、首から下の自由を失った。月に1枚のスローな創作を評していわく〈血液型が違うように、人はそれぞれ速さの違う時計を持っているような気がする〉(『速さのちがう時計』偕成社)。一本線の引き方ひとつで日陰を日なたに変えた人だろう。

 ▼行き場を失い、夏休み明けに自ら命を絶つ子供がいることは何度も伝えてきた。人生経験の浅い彼らに、朝日のまぶしさを伝えられなかった大人の非力を痛感する。この季節、地球の反対側で躍動するパラリンピアンたちは最良の模範だろう。体に抱えた障害を一本線の引き方で輝きに変えた人たちである。まぶしい英姿を、子供たちは目をそらさずに見てほしい。

 ▼誰かのために役立ててこそ「本当の命だ」と星野さんは言う。〈辛(つら)いという字がある/もう少しで幸せになれそうな字である〉。いじめなどで長い夜を過ごす子供たちの、良薬になることを願って詩を引いた。人生の夜と朝を隔てる「一」もある。命に使い方があるなら、自らの手で断ち切るような一本線の引き方は間違っている。

 ▼人生の山坂は険しく、線を一つ足して苦楽が入れ替わるほど単純でもない。曙(あけぼの)の一線はしかし、必ずどこかにある。

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