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【話の肖像画】作家・村松友視(2)父の早世、祖父母に育てられ

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【話の肖像画】
作家・村松友視(2)父の早世、祖父母に育てられ

昭和57年ごろ、自宅で取材に応える。後ろは愛猫アブサン 昭和57年ごろ、自宅で取材に応える。後ろは愛猫アブサン

 だからばあさんは気がめいることも多かったようですね。戦後はじいさんから孫の養育まであてがわれてしまった。じいさんは、ばあさんの意識が自分に向かないように、孫の養育という名目で生活の張りを与えて気持ちをそらしたかったのでしょう。ばあさんもそれが分かっていた。ばあさんが、新聞が配達されると最初に読むのは人生相談欄でしたからね。

 一方、僕は「父親も母親も死んだ」と言われ、信じ込んでいました。学校が休みになると鎌倉のじいさんの家へ1人で遊びに行きました。中学3年生のとき、父と同居する女性から「あんたの母親は本当は生きているんだよ」と教えられました。だけど、死んだと思っていた母親が生きていたことのショックよりも、まず聞く相手が違うじゃないかという思いが強かった。僕は詳しくは聞かないことにした。いずればあさんが言うのを待とうとね。ほどなくばあさんからその件についての告白を聞かされた。そのときに「お前が親戚のおばさんとして会っていた人が実はお母さんだ」とも言われ、どう受け止めていいのか分からなくなった。そして、高校1年のとき、その悩みからか頭に十円玉ぐらいのはげができちゃった。

 大学1年の夏休みに清水へ帰省したら、「もうここに帰ってこなくていい。私が責任を負ってあんたを大学生になるまで育てて、もうおじいちゃんにお返ししたんだ」と、ばあさんに言われた。でも僕としてはばあさんとの大切な時間がつながっている。初めてずきーんとこたえました。ばあさんと離れるなんて考えてもいなかった。では鎌倉に住むのか? でもじいさんと妻でない女性の家でしょう。僕はどうなっていくのかという漠然とした不安から勉強に集中もできず、遊びも一生懸命やるというタイプではなかった。物事を真摯(しんし)に受けとめるようなところがない青年となり、高校卒業時から大学を卒業するまでをぼんやりと過ごしていた気がします。(聞き手 高橋天地)

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