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【湯浅博 全体主義と闘った思想家】独立不羈の男・河合栄治郎(43)その生涯編・論争後

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【湯浅博 全体主義と闘った思想家】
独立不羈の男・河合栄治郎(43)その生涯編・論争後

「期待される人間像」について最終報告を受けた当時の中教審総会 =昭和41年、文部省 「期待される人間像」について最終報告を受けた当時の中教審総会 =昭和41年、文部省

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(毎週土曜日に掲載します)

 「リベラリスト・ミリタント」

 日本の思想界は、マルキシズムの嵐が吹き荒れていた。大正デモクラシーの高揚の中から、自由主義がその正統派を歩むはずが、ロシア革命の衝撃から共産主義に差し替わっていた。

 マルキシズムが戦闘的である分だけ、河合栄治郎は思想闘争に闘志を燃やした。河合門下の猪木正道(後の京大教授)は、栄治郎のそれを「リベラリスト・ミリタント」(戦闘的自由主義)と形容した。

 栄治郎がその闘志を燃やしたのが、昭和5年3月まで1年余り続いた森戸辰男との「大学の自由」をめぐる論争だった。

 それは、どういう結末だったのであろう。

 少なくとも森戸=河合論争の間は、森戸のいう「大学の顛落(てんらく)」を防ぐことはかろうじてできた。門下の木村健康は『河合栄治郎・伝記と追想』に、徐々に大学に対する圧力が強まる様子をこう描く。

 「このときの論争で何れが正しかったかを判定することは容易でないが、数年ののち右翼勢力の大学に対する攻撃が激しさを加え、河合教授独り大学の自由を守って悪戦苦闘する」

 その後の大学は、昭和8年の滝川事件はじめ、昭和10年の天皇機関説事件、そして昭和13年の労農派教授グループ検挙など、共産党とその同調者に対する弾圧が厳しくなっていく。

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