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【産経抄】四半世紀で3度の大震災…その度にわれわれが積み上げたはずの「優しさ」は何だったのか 4月17日

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【産経抄】
四半世紀で3度の大震災…その度にわれわれが積み上げたはずの「優しさ」は何だったのか 4月17日

石垣が崩れ、瓦が落ち、無残な姿となった熊本城=17日、熊本県熊本市(本社チャーターヘリから、三尾郁恵撮影) 石垣が崩れ、瓦が落ち、無残な姿となった熊本城=17日、熊本県熊本市(本社チャーターヘリから、三尾郁恵撮影)

 米3升に味噌(みそ)、そして銀銭300文。加藤清正が腰に帯びた常備食に常備金という。「それでは腰が重かろう」とからかう盟友の福島正則に清正は答えていわく「これを見れば、家臣も戦備を怠るまい」。

 ▼備えを重んじたのは、豊臣秀吉に取り立てられた異数の出世と無縁でないらしい。約5500石の侍大将から肥後北半国19万5千石の領主に任じられたのは、天正16(1588)年である。さぞ物入りだったろう。秀吉から与えられた他家の武具や家財、家臣団を重用した。「表には桜を、裏には栗を」は清正の遺訓として知られる。表通りは桜並木で人の目を喜ばせよ。栗の実は非常時の食料とせよ。領国の民を思いやる心ばえがいまもまぶしい。

 ▼14日夜に起きた震度7の地震は清正の手になる熊本城を激しく損なった。犠牲者の数は増え、絶えぬ余震が人々をおびえ惑わせている。「せいしょこ(清正公)さん」の悲痛な嘆きを、泉下に聞く。

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