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【産経抄】愚痴を吐ける「友」が減っている 1月31日

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【産経抄】
愚痴を吐ける「友」が減っている 1月31日

 面目が邪魔立てをして、喉の奥に引っ込めた愚痴は誰にもあろう。独り酒では胃に流し込めない、感情のささくれも大人にはある。〈そんな頼りなく、もどかしく、切ないものが、ある日、人の胸の底にはある〉。

 ▼演出家の久世光彦さんがエッセーにそう書き留めている。胸の内を語る際、久世さんが聞き手に選んだのは愛犬だった。主人の目をのぞき込む。言葉に小首をかしげる。余計な口をはさまない。「都合のいい友人」との会話にほぐされた悩みは多かった、と(PHP研究所編『愛犬幸福論』から)。

 ▼なるほど犬の物腰はどこか「友」を思わせる。汗顔ものの愚痴も込み入った大人の事情も、委細承知で受け入れてくれる。と、犬の度量に甘えてきたのは久世さんにかぎるまい。散歩の手間やご褒美のおやつ代など安いものである。

 ▼『吾輩(わがはい)』の卓識を持ち出すまでもなく、猫のまなざしには人の世をはすに眺めている趣がある。人を振り回しても、振り回される暮らしは不向きだろう。その分手が掛からないのも事実で、猫の飼育数が犬を上回る日は近いと聞く。

 ▼泉下の久世さんは、渋い顔かもしれない。時勢とはいえ、1人暮らしの世帯や高齢者の世帯が増え、手の掛かる犬は年々数を減らしている。人間の愚痴や悩みが減ったわけではない。〈呑気(のんき)と見える人々も、心の底を叩(たた)いて見ると、どこか悲しい音がする〉と、『吾輩』の声が上から聞こえてくる。

 ▼「友」と見込まれた犬には犬で、ぼやきがあるらしい。久世さんの耳には入れたくない一句がある。〈父ちゃんの愚痴飽きたとは言い出せず〉(『犬川柳』所収、辰巳出版)。すでに相談相手を猫に乗り換え、悪戦苦闘している方もおられよう。人の世もなかなか大変である。

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