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【産経抄】米のブランド戦国時代 10月30日

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【産経抄】
米のブランド戦国時代 10月30日

 日本を代表する米の品種、コシヒカリのルーツをたどると、高橋浩之という農業技術者にいきつく。新潟県農事試験場で昭和19年7月、「農林1号」と「農林22号」という品種の交配を行ったのが始まりである。

 ▼当時、同僚は次々に戦地に送られていた。高橋技師はたった一人で、東京ドームの半分ほどもある試験田を回り、20万本ものイネの成長を調べていた。ただ残念ながら、「初代」は倒れやすく、病気に弱い欠点を持っていた。

 ▼ほとんど注目されないまま、種子は福井県に移される。23年6月の福井地震によって、ほとんどのイネが被害に遭うなか、奇跡的に生き延びた。やがて新潟県に戻り、味のよさを評価する人が現れ、栽培法の工夫も進んだ。

 ▼31年にようやく農家に栽培を奨励する品種に選ばれ、名前がつくことになった。「コシ」は、福井県の「越前」、新潟県の「越後」の「越(こし)」から、「ヒカリ」は、農家の未来が「光り輝くように」との願いからだという。昭和54年に作付面積でトップに立ち、以降現在までその座を守っている。昭和37年に53歳で亡くなった高橋技師は、“わが子”の栄光を知ることはなかった。

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