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【産経抄】世界一の砲丸職人が遺したモノづくりの精神は… 10月16日

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【産経抄】
世界一の砲丸職人が遺したモノづくりの精神は… 10月16日

 「たった1人の五輪ボイコット」。平成20年3月の小紙に、こんな見出しの記事が掲載された。埼玉県富士見市の町工場で、陸上競技の砲丸を作っている、辻谷政久さんを取り上げたものだ。

 ▼外国メーカーは、コンピューターを使って鉄の鋳物を球にしていく。もっとも鋳物には、他の金属も含まれるために、完璧な球にすると重心が中心からはずれてしまう。そこで辻谷さんは、手動の旋盤を使って勘を頼りに削り、ピタリと中心に重心を持っていく。

 ▼世界唯一の技術で、他のメーカーより1~2メートルは遠くへ飛ぶという。実際、アトランタ五輪から、シドニー、アテネまで3大会連続で、メダルを独占する。つまりメダルを獲得した選手すべてが、辻谷さんの「魔法の砲丸」を使っていた。

 ▼北京でも偉業達成は確実だったにもかかわらず、辻谷さんは砲丸の提供を固辞する。知人の工場で生産した製品から、粗悪な偽造品をでっちあげる中国への不信感からだ。中国で開催されたサッカー・アジア杯で、日本代表にブーイングを浴びせる観客のマナーにも我慢がならなかった。

 ▼記事には後日談があった。関係者全員が願っていた、ロンドン五輪での復活も、かなわなかった。体の不調だけが理由ではない。北京五輪で、「辻谷製」ではない日本製が出回り、選手の信用を失ったことに心を痛めていたという。

 ▼82歳で亡くなった「世界一の砲丸職人」の訃報を、昨日の小紙で知った。同じ紙面には、辻谷さんを悲しませる記事が載っている。東洋ゴムによる、3度目の不正が発覚した。横浜市内の大型マンションでは、くい工事を担当した旭化成建材がデータを転用し、建物が傾いてしまった。日本のモノづくりは、本当に大丈夫なのか。

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