産経ニュース

【オリンピズム】64年東京のいまを歩く(13)語り継ぐことができる喜び

ニュース コラム

記事詳細

更新

【オリンピズム】
64年東京のいまを歩く(13)語り継ぐことができる喜び

 久しぶりに聖火台に火がともった。1964年東京五輪の熱戦を見守り続けた国立競技場の聖火台は貸し出され、いま宮城県の石巻市総合運動公園にある。

 6月末、大震災からの復興を願う「石巻復興マラソン」開催に合わせ、火をともしたのは陸上男子ハンマー投げの室伏広治だった。組織委員会スポーツディレクター、日本オリンピック委員会(JOC)理事などの要職にあり国内外を飛び回る室伏は、この聖火台に格別の思いを抱いている。

石巻市に移設された旧国立競技場の聖火台に点火する陸上男子ハンマー投げのアテネ五輪金メダリスト、室伏広治選手=6月27日午後(大西史朗撮影)

石巻市に移設された旧国立競技場の聖火台に点火する陸上男子ハンマー投げのアテネ五輪金メダリスト、室伏広治選手=6月27日午後(大西史朗撮影)

 「一生懸命物事に取り組むというオリンピック精神を象徴する存在」。事あるごとにそう語り、「大切に語り継ぐべきだ」と説く。

 国立競技場は58年アジア競技大会のために建設された。聖火台も合わせて完成し、日本人初の金メダリスト織田幹雄が点火した。

 雄姿の陰には、死を賭して製作に打ち込んだ誇り高い埼玉県川口市の美術鋳物師、鈴木萬之助親子がいたことは広く知られる。鋳型の完成と湯つぎの失敗、そこに起因する父の死と幸一、常雄、文吾3兄弟による懸命の製造…苦闘の物語は新聞やテレビによって伝えられた。

 聖火台は五輪で大役を果たした後も毎年、父の衣鉢を継いだ三男の文吾たちの手で磨きあげられた。室伏が「聖火台磨き」に加わったのは文吾が亡くなった翌年の2009年だ。ごま油を含ませたタオルで丁寧に磨く作業は「アスリートとしての心磨き」に通じる。

続きを読む

このニュースの写真

  • 64年東京のいまを歩く(13)語り継ぐことができる喜び

「ニュース」のランキング