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【一筆多論】「日本紀元2605年」インドネシア独立宣言書が西暦を使わなかった理由

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【一筆多論】
「日本紀元2605年」インドネシア独立宣言書が西暦を使わなかった理由

 「17/8/05」

 これは、ジャカルタの独立記念塔に収められたインドネシア独立宣言書の日付である。「05年8月17日」を意味する。

 05年とは、日本紀元(皇紀)2605年のことだ。昭和20年、西暦1945年である。

 宣言書に署名したのは独立運動のリーダーで、インドネシア共和国の初代大統領と副大統領になったスカルノとハッタの2人だ。

 日本が大東亜戦争に敗れた翌日、スカルノら建国準備委員会はジャカルタ在勤の海軍武官、前田精(ただし)海軍少将の公邸に集まり、インドネシア人だけで17日未明までかけて宣言書を起草した。前田は後に、インドネシア共和国建国功労章を授与された。

 スカルノらが、強制されていないのに、敗戦直後の日本の紀元を独立宣言書に用いた意味は重い。西暦は植民地支配への反発から避けたようで、辛亥革命後の中華民国暦のように建国を元年にすることもできたが、そうしなかったのである。

 大東亜戦争で日本は、インドネシアを350年もの間、植民地支配してきたオランダを駆逐し、軍政を敷いた。愚民化政策をとったオランダとの違いは、日本が官吏育成学校、医科大学、師範学校、商業学校など、国づくりに必要な教育を推進したことだ。

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