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【子供たちに伝えたい日本人の近現代史】(92)経済成長支えた集団就職 みんな「上り列車」で都会を目指した

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【子供たちに伝えたい日本人の近現代史】
(92)経済成長支えた集団就職 みんな「上り列車」で都会を目指した

集団就職列車で上野駅に着いた就職生たち。高度経済成長を支えていった =昭和40年3月、東京都台東区

 昭和31(1956)年3月30日朝、鹿児島市の国鉄鹿児島駅に、ほとんどが学生服やセーラー服という少年・少女約250人が緊張した表情で集まった。鹿児島県の大隅地方や南薩地方などの中学校を卒業したばかりの15歳たちだ。県が用意した就職列車「あけぼの号」で京阪神や中京地区に働きに向かうのである。

 代表の少女が「一日も早く仕事に慣れ、みんなのためになる社会人になります」と健気(けなげ)にあいさつする。列車に乗り込むと、窓から身を乗り出し、見送りの家族や級友たちと手を握り、紙テープで別れを惜しんだ。(南日本新聞)

 午前8時半過ぎに出発した「あけぼの号」には県内の駅に停車するたびに同じような少年・少女たちが乗り込み、最終的には600人余りに膨らんだ。座席数が足らず、2人掛けの席に3人詰め込まれるなど、翌朝就職地に着くまで苦難の「旅立ち」だった。

 鹿児島県の『職業安定行政史』によれば、県外に就職する中学卒業者がまとまって任地に向かう「集団就職」が始まったのは昭和26年だという。見知らぬ地に向かう不安を少しでもやわらげるためだったのだろう。

 といっても当初は、急行列車の一部車両を借り切るだけだった。30年ごろから求人が急速に多くなり、就職者数も増える。このため国鉄側と交渉し、31年から専用の臨時列車が走るようになる。

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