【思ふことあり】背伸びをしてでも世界に挑む スポーツジャーナリスト・増田明美 - 産経ニュース

【思ふことあり】背伸びをしてでも世界に挑む スポーツジャーナリスト・増田明美

シカゴマラソンで日本記録を塗り替え、航空会社が用意した日本新記録を祝う幕の前でポーズをとった大迫傑=成田空港(佐藤雄彦撮影) 
シカゴマラソンで日本記録を塗り替た大迫傑=成田空港(佐藤雄彦撮影) 
 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)がスタートしたのは1993年。その16年も前にドイツのプロサッカーリーグ、ブンデスリーガの選手として活躍したのが奥寺康彦さんである。
 日本のアマチュア選手であった奥寺さんが、当時、世界最高峰といわれていたドイツのプロリーグに挑戦。25歳で結婚もしていたが、常にコミュニケーションが必要な競技。言葉の壁もあったことだろう。相当な覚悟が必要だったに違いない。
 また、95年、当時、実力差が大きいといわれていた米国プロ野球の大リーグで活躍したのが野茂英雄さんだ。渡米前は多くの人が「通用しないんじゃないか」と疑心暗鬼だった。それが、屈強な強打者から三振の山を築き、勝利を重ねると、手のひらを返したように称賛の嵐に変わった。
                □  □
 欧州サッカーリーグや米大リーグで奥寺さんや野茂さんが切り開いた道を今、後輩たちが歩んでいる。そして、ついに陸上長距離界にも現れた。
 10月7日、シカゴマラソンで2時間5分50秒の日本新記録をマークした大迫傑さん。米国で暮らして練習に励むが、先日、一時帰国され、テレビの番組でお会いする機会に恵まれた。
 メディアは大迫さんの特徴である「フォアフット走法」という、つま先で着地する走り方に注目していた。ご一緒した番組も「マラソンの常識を変えた」と銘打って企画。だが、本人に走り方の質問をすると、「フォアフット、フォアフットといわれるので私もインターネットで調べました」と。本人はそれを意識していなかった。
 アフリカのサバンナなどの不整地をはだしで走り回る子供たちは自然と足の裏のクッションを使う「つま先」で走る。確かに砂利道をはだしで歩くと、つま先立ちになる。大迫さんは長野県の佐久長聖高校に通っていた時代、クロスカントリーなど不整地を走る練習を多くこなしてきた。フォームを意識することなく、練習の積み重ねで体得したものなのだ。
                □  □
 大迫さんの強さの秘密は走り方だけではない。ハンターのような眼力にも表れる心の強さだ。東京都町田市立金井中学校1年生のとき、陸上部がなかった。そのため大迫さんはたった一人で腕のストップウオッチを押しながら厳しい練習を黙々とこなした。指導者もいなかったため、陸上競技の専門誌を参考にしながらの独学。ジュニア時代から自立心が強かったのだ。
 そして米国に行って何が変わったのかと尋ねると、「自分の色をより強く出せるようになった。背伸びをしないとついていけないような環境に身を置きたかった」と話した。
 チームメートには、ロンドン、リオデジャネイロと五輪で連続2冠(5千メートルと1万メートル)のモハメド・ファラーさん(英国)、リオ五輪マラソン銅メダリストのゲーリン・ラップさん(米国)もいる。でも、「自分は暑さも得意」と、2020年の東京五輪へ向けて彼らに負けない闘志を燃やしているのだ。
 スポーツの世界に限らず、学問、芸術、ビジネスと、ボーダーレスで世界と競争する時代。でも、日本人の海外留学生数は2004年の8万人強をピークに約5万人まで減少し、下降傾向にある。日本で培った精神を大切に、世界を肌で感じることで、大きく成長できる。大迫さんに学ぶことは多い。