【オリンピズム 道 東京へ】水面舞う“蝶”池江璃花子(5)「勝ちぐせ」つけて世界の頂へ - 産経ニュース

【オリンピズム 道 東京へ】水面舞う“蝶”池江璃花子(5)「勝ちぐせ」つけて世界の頂へ

新コーチとなった三木(左)とともに世界一を目指す池江(ルネサンス提供)
 誰もが耳を疑った。豪州で武者修行した池江璃花子が、4月の日本選手権で出場4種目全てを日本新記録で制した直後、中学1年から指導を受けていた村上二美也コーチの下を離れることが明らかになった。
 2人のこれまでの実績は十分。東京五輪まで2年に迫った今、新体制を築くことは所属先のルネサンスにとっても大きな賭けといえる。
 元競泳コーチだった吉田正昭社長は、「どうすればメダルの可能性が一番あるかを考えた上での(池江の)決断」を迷いなく支持。水面下で外国人コーチも検討しながら候補者複数をリストアップし、その中から選んだのが三木二郎だった。2000年シドニー、04年アテネ両五輪に、男子個人メドレー代表として出場した元トップスイマーだ。
 三木は08年に引退後、スポーツ用品メーカー大手のミズノに勤務。指導者への転身を志したのは、20年東京五輪の開催が決まったからだ。16年3月から2年間、日本オリンピック委員会(JOC)の研修制度を使って英国にコーチ留学し、帰国したばかりのタイミングでコーチ就任を打診された。
 5月上旬、2人は初めて顔を合わせた。実際に練習を試すルネサンスの“採用試験”で、すぐに意気投合。実現させたい目標と強化の方向性が重なった。三木にとって、唯一の気がかりだった国内での指導実績不足を伝えると、「私で(経験を)積んだらいいじゃないですか」と笑い飛ばされた。
 そして2人は約束事をした。「心に思いをため込まないこと」。英国では日常的に、選手とコーチが意見をぶつけ合い、互いが納得した上で強化を進めていた。池江にも不安や不満を吐き出させ、一緒に問題を解決していく。そんな日々の積み重ねが、新しい歴史を作っていく。
 今夏は「勝ちぐせをつけよう」と誓っていた。8月11日のパンパシフィック選手権100メートルバタフライで、56秒08の日本新記録をマークし、主要国際大会で初の金メダルを獲得。17年世界選手権の銀メダリスト、エマ・マキオン(豪州)をも倒した。ジャカルタ・アジア大会では、日本人歴代最多となる6冠を達成。表彰式後、観客席から手を振るコーチを見つけた池江の目からは、「安心した」との気持ちから涙があふれた。
 今秋には海外で、世界記録保持者でリオデジャネイロ五輪金メダリストのサラ・ショーストロム(スウェーデン)と一緒に練習する計画を進めている。三木は「『絶対に負けない』という自信をつけて帰ってくることができる」と確信する。
 池江は泳ぐことが一番楽しいと笑う。つらい練習も「絶対に諦めない」と決めている。この並々ならぬ覚悟は、戦後の日本スポーツ界を牽引(けんいん)した故古橋広之進の思いと重なる。古橋は「戦争が終わって再び水泳ができるようになった時、魚になるまで泳ごうと思った」と言葉を残した。
 世界の頂点を目指し、彼女も今、魚になろうとしている-。(西沢綾里)=おわり