【日曜に書く】「東京水害」への備えは万全か 論説委員・井伊重之 - 産経ニュース

【日曜に書く】「東京水害」への備えは万全か 論説委員・井伊重之

停電で明かりが少ない札幌市中心部の大通公園付近。手前中央にさっぽろテレビ塔がある=6日午後6時30分
 「きょう明け方、東京・北区の堤防が決壊し、荒川が氾濫しました。現在、大量の水が流れ出ています。救助は難航する恐れがあります」
 国土交通省関東地方整備局の荒川下流河川事務所が制作したフィクションドキュメンタリー「荒川氾濫」は、緊迫したナレーションで始まる。3日間の総雨量が500ミリ以上という豪雨で荒川が氾濫した場合、東京にどのような被害をもたらすかを描いている。
 堤防を越えた濁流は地下鉄網を通じて都心部に広がり、東京駅も水没して鉄道の運行は全面停止する。銀座が水に漬かり、大手企業が本社を置く千代田区や中央区などのオフィス街も機能を停止する。CG画像や過去のニュース映像などを使った迫力ある画面は衝撃的だが、その被害は政府の想定をもとにしており、東京の未来の姿を映し出したものといえる。
洪水で首都機能が停止
 豪雨や猛暑など異常気象が増えている。25年ぶりの強い勢力で上陸した台風21号は関西国際空港の機能を奪い、暴風雨による停電は市民生活にも重大な影響を与えた。今年7月の西日本豪雨は、洪水や土砂災害を同時多発的に引き起こし、多くの人命を奪った。
 気象庁によると、1時間あたり50ミリ以上の豪雨の発生件数は2008~17年で238回となった。これは30年前に比べて4割も増加している。地球温暖化の影響とみられるが、豪雨被害はいつ起きても不思議ではない。
 現在の日本は「何十年ぶり」という異常気象が頻発する新たなステージを迎えたと厳しく認識すべきだろう。国民の生命や財産に対する脅威が確実に高まっている中で、それを守るための水害対策は決して十分とはいえない状況にある。
 例えば現在の国の治水関連予算は、1990年代に比べて半減以下の水準だ。これは整備目標が達成されて減ったのではなく、公共事業予算の配分の中で決まったものだ。一度氾濫が起きれば、甚大な被害が予想される荒川流域の整備目標の達成度は6割台、大阪の大和川流域では4割台にすぎない。
 日本人は昔から河川の氾濫に悩まされてきた。それだけ治水対策には多くの予算を費やしてきたが、海外の主要都市と比べた河川の整備比率は低く、その目標すら達成できていない。豪雨などの激甚化が進むと、河川や護岸などの整備基準の見直しも必要となる。堤防が整備されていても決壊などを防ぐための補強工事も欠かせない。
減少する治水関連予算
 水害は河川の氾濫ばかりではない。東京都は今年3月、中心気圧が910ヘクトパスカルの「スーパー台風」が関東地方に上陸した場合、東京湾に最大で6メートル近い高潮が押し寄せる可能性があるとの想定をまとめた。
 その高潮で都内17区が浸水し、その面積は200平方キロを超えると予測している。とくに墨田区や江東区などでは、浸水の深さが10メートルを超える場所もあるという。
 水害被害を少しでも減らすにはハード面の整備に加え、早期避難などのソフト面の対策も重要となる。
 東京東部の江戸川や足立など5区協議会は先月、豪雨で区内を流れる荒川と江戸川が氾濫した場合の広域避難計画をまとめた。地域住民の9割以上に相当する約250万人を近隣の埼玉や千葉など他県に避難させる前代未聞の大規模作戦だ。
 協議会は3日間の総雨量が荒川周辺で600ミリを超えた場合、北千住駅の周辺などでは2階まで浸水し、2週間も水が引かない恐れがあるという。このため、協議会は「被害を最小限に抑えるため、避難の発想を大きく転換した」という。
命を守るインフラ整備を
 ただ、その具体策づくりはこれからだ。荒川が氾濫すれば、埼玉や千葉などでも大きな被害が生じる。各県は地元住民の災害対応を進めながら、都からの避難民も受け入れなければならない。協議会は自力で避難してもらうことを想定しているが、高齢者らに対するケアも必要だ。交通手段の確保を含めた入念な準備が欠かせない。
 北海道で震度7を記録した地震では、火力発電所の故障によって北海道全域が停電し、復旧作業にも大きな影響を与えた。自然災害とは「想定外」の連続であることを私たちは東日本大震災で学んだはずだ。それだけに命を守るインフラ整備に手を抜いてはならない。(いい しげゆき)