25年大阪万博 未来が待ち遠しくなるように

中江有里の直球&曲球
1970年、日本で初めて開かれた日本万国博覧会。77の国と地域が参加し、6400万人超が訪れた=大阪府吹田市

 30年近く前に上京した際、私が大阪出身と知った初対面の方から「万博、行きましたか?」とよく聞かれた。1970(昭和45)年に大阪で開催された万国博覧会のことだと分かったが、私が生まれたのはその3年後。知っているのは今も残る岡本太郎の「太陽の塔」だけだ。

 それからも日本では沖縄海洋博や、つくば博、花博、愛・地球博などが開催された。そして現在2025年大阪万博の誘致をしている。

 万博には登録博覧会(一般博)と認定博覧会(認定博)の2種類があり、前者は出展する国が展示館を建設するのに対し、後者は主催者が用意した展示館に出展する国が内部の展示を行う。大阪万博が実現すれば、1970年同様の登録博覧会となる。

 万博は不定期開催、期間は半年にわたる大規模なイベントだ。しかし、以前の万博を知らないせいか、正直イメージがし難い。

 そこで、パナソニックミュージアムで開催された「大阪万博EXPO’70-よみがえる松下館と万博が描いた未来」を訪ねた(9月1日終了)。

 松下館は茶室をイメージした松などの樹木や孟宗竹(もうそうちく)を使った「伝統と開発」がテーマ。日本の文化精神である「茶の心」を入館者に広めた。館内に2098点の物品と記録を収納した「タイム・カプセルEXPO’70」を展示し、万博閉会後、大阪城内に埋設した。カプセルは2個あって、1つは100年ごとに開封、再埋没し、もう1つは万博から5千年後、6970年に開封予定だという。これだけでも万博とは相当未来を見据えた博覧会ということが分かる。

 加えて、かつての大阪万博は岡本太郎のほか建築家の磯崎新や黒川紀章、服飾デザイナー森英恵(はなえ)、コシノヒロコなど若き人材が多数起用された。日本で初めての万博開催ということで前例のない登用に踏み切った。おかげで類いまれな才能が万博で花開いた。2025年の大阪万博が開催されたなら、初めて前例のある一般博となる。過去に学びつつもこだわりすぎず、未来が待ち遠しくなるような万博を実現してほしい。

                   ◇

【プロフィル】中江有里(なかえ・ゆり) 女優・脚本家・作家。昭和48年、大阪府出身。平成元年、芸能界デビュー、多くのテレビドラマ、映画に出演。14年、「納豆ウドン」で「BKラジオドラマ脚本懸賞」最高賞を受賞し、脚本家デビュー。フジテレビ「とくダネ!」にコメンテーターとして出演中。