【台湾有情】戦地・金門島 お盆の幽霊より怖い話 - 産経ニュース

【台湾有情】戦地・金門島 お盆の幽霊より怖い話

8月22日、台湾・金門島の獅山砲陣地で、大砲の射撃動作の再現を観る中国人観光客ら(田中靖人撮影)
 「今は旧暦の7月だからね。夜はあまり来ないんですよ」。中国福建省沖の台湾の離島、金門島で、対岸アモイの夜景を見せてあげるとタクシーを走らせていた運転手が切り出した。
 1949年に中国軍が殲滅(せんめつ)された戦場跡近く。「鬼月ですか」と聞いたが返事はない。鬼月は日本のお盆に当たり、死者の霊がこの世に戻ってくるとされる。「鬼」と口にするだけで寄ってくるので「好兄弟(良い兄弟)」と言い換える。
 こんな話もしてくれた。中国の特殊部隊の襲撃を受けた兵士32人が、自分が死んだことに気づかず毎夜、訓練を続けていた。現地を訪れた蒋介石が「休んでよし」と命じたところ、成仏した。台湾人の助手は「蒋介石を神格化するための作り話ですよ」と笑い飛ばしたが、金門島はそんな話が成り立つ戦地だった。
 中国から撃ち込まれた砲弾で包丁を作る呉増棟さん(60)は、58年から79年1月まで続いた砲撃の下で育った。当時は壕(ごう)の中で炊事したといい、「砲弾から作った包丁を使うたびに平和をかみしめてほしい」と少し慣れた口調で話した。
 58年からの砲撃は、軍事目的は二の次で、毛沢東が米国の出方を探ったとの説や、国内の不満のはけ口にしたとの説もある。独裁者の一存で左右された人生の数を思うと、幽霊の話より背筋が寒くなった。(田中靖人)