女子レスパワハラ・アメフト悪質タックル…相次ぐ不祥事 スポーツ界は釜石を忘れていないか 論説委員・佐野慎輔

日曜に書く
大漁旗を振って応援する釜石市民ら=釜石鵜住居復興スタジアム(蔵賢斗撮影)

 この夏も、釜石に行った。整地から土盛り、基礎工事と、変化を見てきた釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアムのお披露目である。

 ともに日本選手権7連覇した新日鉄釜石と神戸製鋼OBによるレジェンド・マッチ、釜石シーウェイブスとヤマハ発動機ジュビロの試合。地元の人たちが「福来(フライ)」と呼ぶ大漁旗がうち振られ、往年の新日鉄釜石戦を思い出した。

 ◆わたしは釜石が好きだ

 「わたしは、釜石が好きだ。海と山に囲まれた、自然豊かなまちだから」

 「わたしは、ラグビーが好きだ。中学2年のとき、2015年のラグビーワールドカップ イングランド大会を現地で観戦して、スタジアムの雰囲気とその迫力に圧倒されたから」

 試合に先立つセレモニー。スタジアムキックオフ!宣言で、釜石高校2年生の洞口留伊さんが「未来への船出」と題した自作の詩を読み上げた。

 16歳の洞口さんは、あの「3・11」のときは鵜住居小学校3年生。算数の授業を途中でやめて、校舎の5階に逃げた。

 土砂崩れが起きて、もっと高台に逃げ、迫る津波に、「とにかく逃げなきゃ」と焦った。

 スタジアムは小学校、そして入学するはずだった釜石東中学校があった場所に建つ。洞口さんは、「離れ離れになってしまった友だちとまた会える大切な場所」とつづる。

 あの日から7年5カ月、釜石はいまだ復興途上。鵜住居にも新しい住宅が建ってきたが、仮設住宅暮らしを続ける人たちも少なくない。釜石の人すべてが来年9月開幕のラグビーワールドカップ開催を、もろ手をあげて喜んでいるわけではない。

 しかし、ワールドカップは人口3万5千人、過疎化が進む釜石の「未来への希望」でもある。「釜石とラグビー」が好きな洞口さんには、人々の知恵と力を集めて完成したスタジアムが復興の象徴と映る。それはスポーツの力である。

 ◆人々の心を和らげたい

 1923(大正12)年9月1日、首都圏は未曽有の大地震に襲われた。マグニチュード7・9、最大震度6。東京では7万人を超える人(首都圏全体では10万5千人以上)が亡くなり、20万5千棟(首都圏全体では37万棟)以上の住宅に被害が出た。

 大日本体育協会会長の嘉納治五郎はその日、視察のため樺太にいた。東京に戻り、状況が落ち着くと、復興への構想を練り始める。(1)全国陸上競技大会の開催、(2)翌24年パリ・オリンピックへの選手派遣、(3)東京に競技場をつくる。

 関東大震災のさなかに、なぜ、という思いもあろう。嘉納の脳裏にあったのはスポーツの力。スポーツが人々の心を和らげ、元気づけてくれるという思いではなかったか。

 全国陸上は、パリ大会への1次予選会も兼ね、2カ月後の11月10、11日に東大駒場グラウンドで行われた。そして、建設中だった明治神宮外苑競技場の工事も再開。その直前には競技場内に砂を敷いて臨時のトラックを設け、東京市主催の陸上競技大会も開催された。

 被害が大きかった隅田川周辺に運動施設を持つ公園をつくるよう進言、実現にこぎ着けた。「広い公園は避難場所になる」との考えが根底にあった。

 嘉納が中心になり、まとめた復興案を推進していくのが内務大臣の後藤新平である。おもしろいと思ったことはすぐ実現に移す。後藤の政治力がスポーツの力を引き出したことはいうまでもない。

 ◆どうなっているんだ

 今年ほど、スポーツ界に不祥事が続出した年はない。

 カヌー選手の薬物混入騒動に始まり、女子レスリングのパワーハラスメントに大相撲の暴力事件。大学アメリカンフットボールの悪質タックルと日本ボクシング連盟会長の専横問題は世間を騒然とさせた。さらにバスケットボールのアジア大会代表選手による買春事件、居合道の昇段試験に伴う金品授受。女子体操選手と指導者をめぐる騒動と続けば、この国のスポーツ界のありようが問われる。

 そして、中央省庁で起きていた障害者雇用の水増し問題。とても「共生社会の実現」を掲げて、東京オリンピック・パラリンピックを開く国の出来事とは思われない。

 スポーツの力を引き出すのは人である。人々の知恵である。釜石を復興させたいと願う人々の行動と、スポーツ界の現況との落差を思う夏だった。(さの しんすけ)