【正論】秩序の混迷は米国衰退の表れか 杏林大学名誉教授・田久保忠衛 - 産経ニュース

【正論】秩序の混迷は米国衰退の表れか 杏林大学名誉教授・田久保忠衛

 今われわれはどのような世界秩序に身を置いているのだろうか。トランプ米大統領は隣国で同盟国でもあるカナダのトルドー首相を公然と批判したかと思ったら、米国の安全を脅かす能力を備えるに至った北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と歓談する。北大西洋条約機構(NATO)諸国の防衛努力の不足、とりわけ欧州一の経済大国で同盟国のドイツをやり玉に挙げ、防衛の公平な分担をしていないと詰(なじ)ったあとで、仇敵(きゅうてき)ともいうべきロシアのプーチン大統領と握手を交わす。民主主義国家による組織であるはずのNATO内にはトルコ、ポーランド、ハンガリーなど強権政治が出現している。
 一極時代の崩壊と中国の台頭
 戦後の国際政治で白黒のはっきりしていた時代は冷戦だろう。東と西の陣営はイデオロギーで対立し、経済体制も画然と分かれていた。冷戦が終焉(しゅうえん)した直後に米歴史学者のフランシス・フクヤマ氏は「歴史の終わり」を書いた。米国を中心とするリベラルな民主主義が共産主義に勝利したとの宣言である。同氏はあとで自説の修正を試みたが、当時の時点では正鵠(せいこく)を射ていたと言ってよかろう。
 たまたまイラクのクウェート侵攻によって引き起こされた湾岸戦争をあっという間に押さえ込んだ人気も手伝ってジョージ・H・W・ブッシュ大統領の支持率は91%に達した。冷戦と湾岸戦争の勝者として気分が高揚していたのだろう。国際的な混乱は米国が管理してみせるとの勢いで、この大統領の口から新国際秩序(NWO)の形成という表現が飛び出した。
 実際に米国をトップとし、日本、中国、ロシア、ドイツ、フランス、英国などを主要なプレーヤーとする秩序が短期間ではあるが続いた。米一極時代が崩れたのは2003年のイラクへの軍事介入、08年のリーマン・ショックを契機とした世界的な金融危機であろう。そこにBRICSの台頭が重なり、米国の「相対的衰退」が指摘される中、中国の急速な台頭と一帯一路構想が登場した。パクス・シニカ(中国による平和)が実現しかねない状況に加え、強力な核兵器を保有したロシアが欧州に緊張感をもたらしている。
 「世界的指導性」は回復できるか
 ここ数年の間に欧州には欧州連合(EU)脱退、難民反対を唱えるポピュリスト勢力が力を強めてきている。米国が戦後、躍進してきたリベラル・インターナショナル・ルールズ・ベイスト・オーダー(自由主義的国際法規範を基にした秩序)の危機だ。
 このテーマを一貫して追究しているのは米誌フォーリン・アフェアーズだが、2つの対照的な論文に私は関心をそそられた。
 1つはオハイオ州知事ジョン・ケーシック氏(共和党)の「再び世界的指導性」と題する一文だ。米国が過去70年間主導してきた自由市場を前提にした民主主義が普(あまね)く行き渡り、世界経済を活性化させ、貧困と病気を劇的に減らし、大国間の紛争を押さえてきた、と戦後の国際秩序が果たした役割を評価したうえで、いま米国をはじめとして世界が必要としているのは政治家の指導性だと説く。
 米国が広めた戦後の価値観を誇りに思い、党派を超えて、いっそう強力で繁栄する米国を再興すべしと叫ぶ姿勢は、トランプ政権に疑問を感じている同盟諸国にとっては頼もしいかぎりだ。
 日本とドイツは防衛ジレンマに
 もう1つは、ハーバード大学のグレアム・アリソン教授による「リベラル・オーダーの神話」だ。同教授は紀元前5世紀のアテネとスパルタの戦いを分析した末、新興の大国は既存の大国に挑戦するとのトゥキディデスの法則を紹介し、「トゥキディデスの罠(わな)」の言葉を流行させた。彼の説によると、米国主導のリベラル・オーダーはソ連の脅威に対抗するため欧州ではドイツ、アジアでは日本の経済復興が狙いであった。
 欧州援助のマーシャルプラン、国際通貨基金(IMF)、世界銀行は経済面、安全保障面での体制はNATOとアジアでは日米安保条約のほか、網の目のように張り巡らされた2国間の同盟条約がある。そこで「悪の帝国」に対する思想面で強調されたのが国際法規を基にした秩序であって、米国は最初から民主主義を海外に広めようと志したものではないという。
 あくまでも、自国のリベラル・デモクラシーを守るのが目的であったから、米国は乱れた自国のデモクラシー再建に専念すべし、と主張する。アリソン教授は米国の国内総生産(GDP)の世界に占める割合が、大戦直後の2分の1から冷戦終了直後に4分の1になり、現在は7分の1に落ちている点を挙げ、米国は衰退していると言い切っている。孤立主義的気配が漂っている。
 トランプ大統領が両説間のどのあたりに位置するのか分からないが、先のNATO首脳会議ではっきりさせたことがある。米国の衰退を補完させるかのように、ドイツなどの同盟諸国に防衛負担の公平化を強く迫った。「軽武装・経済大国」はジレンマに直面する。余所事(よそごと)ではない。(杏林大学名誉教授 田久保忠衛 たくぼただえ)