【日曜に書く】世界を苛む「スターリン」の影 論説委員・斎藤勉 - 産経ニュース

【日曜に書く】世界を苛む「スターリン」の影 論説委員・斎藤勉

映画「スターリンの葬送狂騒曲」のワンシーン
 《スターリンが死んだ。後継者になったフルシチョフらは独裁者を厄介払いしようと、海外に埋葬場所を求める。各国に次々と断られる中で、イスラエルだけが「ソ連にはわが建国に干渉しなかった恩がある」と受け入れた。しかし、フルシチョフは猛反対した。「あそこは昔、復活劇(キリストのこと)があった所ではないか!》
 この夏、英仏合作映画『スターリンの葬送狂騒曲』を見て、ロシアのアネクドート(政治風刺小話)を思い出した。約30年もの独裁統治の末、1953年3月5日、74歳で死んだスターリンの跡目をめぐるドタバタ劇だ。昨年来、欧米では大反響を呼びながら、プーチン政権はロシア国内での上映を禁止したいわくつきの作品である。
 「この種の映画では異例の盛況」と映画館関係者は語る。
独裁者の時代
 プーチン氏はロシア革命以来、スターリンに次ぐ2番目の長期指導者となった。中国の習近平氏はスターリンとその“弟分”だった毛沢東張りに後継のルールなき「終身国家主席」の道に踏み出し、米国仕様の世界秩序に真っ向から挑戦する。北朝鮮の金王朝3代目、正恩労働党委員長も米国との瀬戸際外交で超延命をもくろむ。世界は動乱含みの「独裁者の時代」に入った。そんな空気を反映した“スターリン人気”であろうか。
 スターリンの言葉、機嫌、挙動一つで取り巻き連中は凍り付き、「人民の敵」に仕立て上げられるや、虫けらのように消されていく。その残忍な恐怖政治の映像はあまりにリアルで、いまの北の現実、さらには中国の反体制派弾圧の実態もかくや、と想像してしまう。
 プーチン氏は第二次大戦勝利で祖国を「超大国」に押し上げた「英雄」の赤裸々な恥部を覆い隠したかったのだろう。
 スターリンの「復活」を何としても阻止したいフルシチョフらは、大粛清の執行人でギラギラした野心家の秘密警察トップのベリヤを電撃逮捕、処刑してドタバタ劇に終止符を打つ。
 興味深いのは、ベリヤが銃殺後、衆人環視の中でガソリンに火をつけて灰にされる処刑シーンだ。この描写は正恩委員長が5年前、自分の叔父で国防委員会副委員長だった張成沢氏を処刑した残酷なやり方を彷彿(ほうふつ)とさせる、との声も聞かれた。
粛清も度が過ぎると
 しかし、粛清も度が過ぎるとブーメランとなって独裁者にハネ返る。スターリンが脳出血で倒れたあと、治療すべき優秀な医師たちはみな粛清で「収容所かあの世」に追いやってしまっていた。金正恩氏もあるいは内心、「しまった」と臍(ほぞ)をかんでいるのかもしれない。米トランプ政権の「非核化」圧力の渦中で、中国の強力な後押しが必要なときに、中朝間の最も太いパイプ役とされた張氏を自らの手で葬り去ってしまったからだ。
 筆者がモスクワ特派員だったソ連末期のゴルバチョフ時代。記事が当局の逆鱗(げきりん)に触れたのか、車のタイヤを4つ一度にパンクさせられたり、奇妙な嫌がらせはあった。しかし、内外の記者が殺された話は当時、聞いたことがないのに、プーチン政権下では記者や政治家などの暗殺が相次いでいる。
政敵は地の果てまで
 スターリンは「自分の存在を脅かす政敵は地の果てまでも追い込んで消す」執念深さだった。レーニンの後継争いで最大のライバルだったトロツキーを1929年に国外追放したあと、40年8月、亡命先のメキシコ市にまで刺客を送り、ピッケルで撲殺した。
 同様の暗殺は世界各地で起きている。主な事件だけでもリトビネンコ元ロシア情報機関要員毒殺(2006年英国)、スクリパリ元ロシア軍大佐親娘の毒殺未遂(今年3月同)、金委員長の腹違いの兄、金正男氏毒殺(昨年2月マレーシア)…。
 プーチン政権による2008年のグルジア(現ジョージア)侵攻、14年のクリミア半島奪取、中国の南シナ海の軍事基地化などは、スターリンが73年前の夏に犯した北方領土強奪に淵源(えんげん)がある。いずれも火事場泥棒的な、力ずくの現状変更だ。同時に、60万人もの日本人のシベリア抑留はその実、壮大な拉致事件でもあった。家畜のごとく貨車で「収容所列島」に強制連行された。それは金王朝による世界各地での一連の拉致事件と同一線上にある。これらすべてが国家犯罪だ。
 スターリン死して65年。世界は今なお、その影に苛(さいな)まれているように見える。(さいとう つとむ)