8月26日

産経抄

 国民の識字率が低かった頃、印刷物の漢字には全て振り仮名がついていた。難解な字の読み方を教えてくれる、親切で小さな活字を「黒い虫の行列」「ボウフラ」と嫌ったのは明治生まれの作家、山本有三である。

 ▼書いた文章の横に別の文字を添える手間が、許せなかったらしい。「なさけない国字の使い方」と、昭和13年の論文で廃止を唱えた。戦争前夜の慌ただしい空気が、欧米に引けを取るまいとする作家の筆をとがらせた面もあろう。「活字哀史」に隔世の感を覚える。

 ▼地下の作家先生には、これも活字文化の「今」としてお許しを願おう。小紙をくまなく精読される方は、すでにお気づきかもしれない。東京本社管内の最終版を例に挙げれば、22日付の1面で「金足(かなあし)農の昭和野球 故郷重ねた」と、見出しに振り仮名を添えている。

 ▼この1週間では「高御座(たかみくら)」「大和堆(やまとたい)」もあった。読み方は記事に書かれているものの、読まれるとはかぎらない。見出しや写真で記事をえり好みする人が増え、読めない見出しは敬遠される。忙しい読者の目を紙上につなぎ留めるため、小さな活字の登板となった。

 ▼わが国では振り仮名を「ルビ」とも呼ぶ。宝石のルビーが語源という。言葉に光沢や奥行きを与える点で、日本の活字文化が生んだ宝石といえるだろう。確かに「悪(あ)しき慣習」が「あしき」では語感の憎らしさに欠けるし、「醍醐味(だいごみ)」が「だいごみ」では味気ない。

 ▼新聞には、記事という多くの小箱があり、それらを覗(のぞ)くために見出しという取っ手がある。隅々にちりばめた情報や主張という宝を読者に見つけてもらうためにも、筆力を研がねばと自戒する。(見出しのない1面コラムはなおのこと)。小欄の心の声にルビを振れば、こうなる。