8月23日

産経抄

 作家の故丸谷才一さんは街を歩くと、道に迷ってばかりいた。煙草(たばこ)屋がなくなったせいだという。かつて看板娘だの看板婆だのが座っているのが、目印になった。自動販売機では印象に残らない。丸谷さんは自販機に対して、「かなり明確な悪意をいだいてゐる」。

 ▼自販機の歴史は意外に古い。2000年以上前の古代エジプトの神殿には、硬貨を入れると聖水が出てくる装置があったといわれている。丸谷さんのエッセーが書かれた1980年代は、日本で自販機が急速に普及していた時期にあたる。

 ▼現在は全国で約500万台が設置されている。日本を訪れた外国人は、街角のあちこちで見かける多種多様の自販機にまず驚く。そのきっかけとなったのが、昭和37(1962)年から現在の三菱重工が製造していた、コカ・コーラの真っ赤な自販機である。国立科学博物館がこのほど、未来技術遺産の一つに選んだ。

 ▼日本が「自販機大国」となった理由はなにか。丸谷さんによれば、「ほかの国で路上に自動販売機を置いたら、夜中にトラックでまるごと盗まれてしまふ」。そのほか、技術力の高さ、利便性を求める日本人の性格、そして労働力の不足が挙げられている。

 ▼とすれば、人口減に悩む日本にとって、ますますなくてはならない存在となる。そんな単純な話ではないと、同僚の河合雅司記者のベストセラー『未来の年表2』(講談社現代新書)から教わった。自販機に商品を補充するのはあくまで人だからだ。

 ▼人員不足は売り切れにつながる。真夏に運動部の練習を終えた高校生が帰宅途中に喉を潤そうとしたところ、自販機に1本の飲み物もなく脱水症状で倒れた。こんな恐ろしい光景がみられるかもしれない、というのだ。