【産経抄】8月21日 - 産経ニュース

【産経抄】8月21日

 夏休みを利用して、実家の片付けに精を出す人も少なくないだろう。熊本県山都町(やまとちょう)に住む松岡忠明さん(75)が、父親の明さんの遺品整理をしていると、160通もの手紙やはがきが出てきた。
 ▼平成3年に86歳で亡くなった明さんは戦前、台湾で長く小学校の教師を務めていた。昭和21年に松岡さんら家族とともに、日本に引き揚げている。それから20年近くたって、教え子の一人が偶然、明さんの本籍地が書かれたメモを見つけた。
 ▼懐かしさにかられて出した航空便は、郵便局の機転で明さんの転居先に届いた。それがきっかけで始まった、明さんと計26人の教え子との文通は、23年間も続いた。当初書簡を廃棄するつもりだった松岡さんは、考え直す。
 ▼「今日こうして日本文が自由に書けますのも、一重に先生の教への賜物(たまもの)です」「貴國の方方が残した貢献は、私共五十代六十代の人人でないと判(わか)りません」。手紙にはきちんとした日本語で、明さんと日本に対する感謝の気持ちがつづられていた。なんとか、日本と台湾の友好のために生かせないか。
 ▼その方法を探していた松岡さんを、小紙九州山口版に今年6月掲載された記事が後押しした。7月に定年退職した台北駐福岡経済文化弁事処の前処長、戎義俊(えびす・よしとし)さんのインタビュー記事である。戎さんは退任にあたって「日台には共通の『日本精神』がある。結びつきをさらに深めたい」と語っていた。
 ▼弁事処の仲立ちで、書簡と明さんの日記は、台湾南部にある麻豆国民小学校が受け入れることになった。その前身となる小学校で、明さんは教頭を務めていた。明さんと教え子の往復書簡の贈呈が、現在の日台の子供たちの交流につなげられないか。松岡さんは、思案の最中である。