【日曜に書く】あまりに残酷で理不尽 東京パラ 谷真海の不出場はこのままでいいのか 論説委員・別府育郎 - 産経ニュース

【日曜に書く】あまりに残酷で理不尽 東京パラ 谷真海の不出場はこのままでいいのか 論説委員・別府育郎

トレーニングするパラリンピックの谷(旧姓佐藤)真海選手=2017年1月18日午後、東京・芝浦のウイダートレーニングラボ(酒巻俊介撮影)
トレーニングするパラリンピックの谷(旧姓佐藤)真海選手=2017年1月18日午後、東京・芝浦のウイダートレーニングラボ(酒巻俊介撮影)
 ◆東京パラリンピック
 「残酷ですよね」と、彼女は言った。
 2020年東京パラリンピックのパラトライアスロン実施8種目が発表された。昨年の世界選手権を制した谷真海が出場する運動機能障害PTS4のクラスは、実施を見送られた。出場選手数抑制のためという。
 体重別競技のクラス変更とは事情が異なる。障害の軽重は自身で選べない。大会の顔となるべき彼女は出場資格を失う。彼女の不在は「東京」にとって、大きな損失である。
 それ以上に、彼女自身の失意が大きい。
 大会時、5歳になる息子の応援をパラリンピックの沿道から受ける夢が、ついえようとしている。勝負に敗れたならともかく、手の届かぬところで。
 ◆谷真海
 彼女ほど、五輪の招致やパラリンピックの周知に貢献したアスリートはいない。あげくにこの仕打ちか、と悲しくなる。
 彼女ほど、若くして多くの試練を乗り越えてきた人を知らない。あげくにこれも試練と乗り越えよと、誰が言えるか。
 笑顔がすてきな佐藤真海は早大生だった20歳の4月、骨肉腫のため手術で右足の膝から下をなくした。泣いてばかりの日々を救ったのはスポーツ義足との出合いだった。
 初めてトラックを走った爽快感。スポーツを心から楽しいと思い、走り、跳び続けた。走り幅跳びでアテネ、北京、ロンドンと3大会連続でパラリンピックに出場した。パラスポーツの意義を、大会の素晴らしさを、身をもって知る。
 11年3月11日、東日本大震災の津波が故郷の宮城・気仙沼を襲った。入院時もその後も見守り続けてくれた母親とは、6日目にようやく連絡がとれた。無事と分かるまでの、長い時間。地獄ならもう見たと思っていたが、自分のことより家族を思う方がずっと辛(つら)かった。
 気仙沼の惨状には言葉も涙も出ず、吐き気がした。それでも海を嫌いにはならなかった。何度も通い、子供たちと遊んだ。世界から多くのオリンピアンが被災地を訪れ、活動した。
 東京五輪の招致では、自らを救い、復興の過程で知ったスポーツの力について、自分の言葉で語り続けた。
 13年9月、ブエノスアイレスで行われた国際オリンピック委員会(IOC)総会の最終プレゼンテーションで、彼女のスピーチは多くの感動を呼んだ。
 東京開催決定の歓喜に沸く中で、彼女の肩をたたいて祝福する外国人がいた。
 スピーチで五輪をロンドンに呼び、ロンドン五輪組織委員会会長も務めた陸上中距離のスーパースター、セバスチャン・コーだった。コーは彼女にスピーチの興奮を語り、東京では組織委の中核を担うべきだと助言したのだという。
 だが彼女は、アスリートとして東京を目指す道を選んだ。
 招致活動で知り合った男性と結婚して「谷真海」となり、男児を産んだ。
 家族や周囲の協力を得て、瞬発系の走り幅跳びから持久系のトライアスロンへ難しい競技変更に挑戦し、一から体を作り直した。国内外で実績を積み、2年後の東京に向けて、万全の状態にあった。
 ◆このままでいいのか
 パラトライアスロンは、障害の程度に応じて男女各6種目に分類される。
 東京大会では男女各4種目を実施し、女子は車いすと視覚障害、立位の運動機能障害ではPTS2、PTS5が実施競技に決まった。中度障害のPTS4は除外されたが、男子は実施される。取捨選択は、競技人口が考慮されたのだという。
 自身でコントロールできない障害の程度によって戦わずして門戸を閉ざされるのは、あまりに理不尽ではないか。
 今後の望みは、より程度の軽いPTS5との統合にかける。軽いクラスとの統合は当然、レースは不利となるが、それでもスタートラインに立てる。立たせてあげたい。
 可能性がある限りは東京大会に向けたトレーニングを続けると、彼女は話している。
 東京大会のパラトライアスロンは、お台場海浜公園で行われる。彼女が勤務するサントリーホールディングスの本社前もコースとなっている。
 「もし、スタートラインに立てなかったら、やっぱり見られないだろうな」。そんな寂しいせりふを、彼女から聞く。このままでいいのか。(べっぷ いくろう)