8月17日

産経抄

 「茶坊主」は普通、悪口として使われる。実は室町・江戸幕府のれっきとした職名である。しかも大名たちへの湯茶の接待だけが、仕事ではない。江戸城内の多くの座敷に自由に出入りでき、情報通で顔も広い茶坊主は、大名から頼りにされた。

 ▼たとえば、大名の家臣と幕府の役人の紛争という深刻なトラブルも、茶坊主が間に入って解決した例がある。浅野内匠頭(たくみのかみ)による吉良上野介(こうずけのすけ)への「刃傷事件」も、赤穂藩が茶坊主に相談していれば防げたかもしれない。作家の立石優さんによれば、茶坊主は、「江戸城のコンサルタント」だった(『いい茶坊主悪い茶坊主』祥伝社新書)。

 ▼医療コンサルタント会社元役員の谷口浩司被告(47)は、野党参院議員の「政策顧問」の肩書を利用して、霞が関や永田町で人脈を広げてきた。宇宙航空研究開発機構(JAXA)をめぐる接待汚職事件では、文部科学省前国際統括官が収賄罪で起訴された。

 ▼受託収賄罪で起訴された前局長は、息子を東京医科大に不正に合格させてもらっていた。文科省を舞台にした一連の汚職事件の中心にいるのが、谷口被告である。まさに江戸城の茶坊主さながらのやり手ぶりといえる。

 ▼有能の評判を得た茶坊主は、複数の大名家から高額の謝礼を受け取っていた。貧乏な旗本はぜいたくな生活を妬んで、「金銭に執着する奴原(やつばら)」などと蔑(さげす)んだ。こんな陰口が茶坊主の悪評の一因と、立石さんはいう。

 ▼谷口被告は、国会議員や官僚から公共事業などの情報を仕入れて、営業先の企業に流していた。そのために惜しみなく金をばらまいた。とすれば、茶坊主と呼ばれるのにふさわしいのはむしろ、谷口被告から銀座の高級クラブで接待漬けになっていた政治家や官僚たちである。