戦後73年に思う 改憲の動きを平成の証しとせよ 駒沢大学名誉教授・西修

正論
駒沢大学名誉教授・西修

 「政争の具」と化した審査会

 いったい、この沈滞は何なのか。6月27日、自民党、公明党、日本維新の会および希望の党4党が共同で提出した憲法改正国民投票法(以下で国民投票法)改正案は、まったく審議されることなく、国会が閉会した。

 同改正案は、(1)商業施設における共通投票所の設置(2)期日前投票事由に天災や悪天候を追加し、開始、終了時刻の繰り上げ、繰り下げの拡張(3)洋上投票者の水産高校実習生らへの拡大-など、平成28(2016)年に、投票者の便宜をはかるためになされた公職選挙法の改正事項を、国民投票へ反映させようというものである。

 なんら反対する理由はないはずだ。それゆえ、もともと国民投票法に反対する共産党、社民党を除き、立憲民主党も国民民主党も、5月の段階では、大筋で了承する方向にあった。

 けれども、6月に入り、両党は、森友学園や加計学園に対する政府の処理をめぐり、慎重姿勢から明確な反対へと転換し、結局、両院の憲法審査会で実質審議は行われなかった。憲法審査会の運用は、国会での与野党の対立とは距離をおくのが伝統ではなかったのか。いまや「政争の具」と化してしまっている。

 前国会での衆参憲法審査会の会議状況をみると、衆議院憲法審査会では、第1回(5月17日)は幹事の補欠選任のみで1分間、第2回(7月5日)が自民党からの国民投票法改正案に関する提案とその趣旨説明のみで4分間、第3回(7月20日)で閉会中審査に関する件2分間、これがすべてである。

 参議院憲法審査会にあっては、第1回(2月21日)…憲法改正に関する考え方の意見交換(2時間7分)。第2回(5月23日)…幹事の補欠選任(1分間)、第3回予定(6月20日)…都合によりとりやめ。第3回(7月20日)…請願の審査(1分間)。以上のうち、第1回の意見交換は、それぞれの委員が自説を述べただけで、議論の深まりはみられない。

 国民に分かりやすい案文提出を

 こうしてみると、憲法審査会はまったく機能していない。両院に憲法審査会が設けられてからすでに11年が経過している。まさに「眠れる」審査会である。信じられない怠慢ぶりだ。

 とくに立憲民主党の非協力的な姿勢が目立つ。「立憲主義を理解していない安倍晋三首相の下では協力できない」が枝野幸男代表の基本的立場であるが、筋違いである。内閣は、国民投票法上、憲法改正の発案権もなければ審査に加わることもない。国会議員のみが行う。

 国民主権行使の場として、国民が投票しやすい環境を作ることが、国民から負託を受けた国会議員のとるべき態度であろう。「立憲」の名の下に、「非立憲」的態度がとられているように思えてならない。

 このような憲法審査会の沈滞には、自民党にも責任の一端がある。同党は3月24日、憲法改正に関し、優先的に取り扱うべき4項目を決定し、条文イメージ(たたき台素案)を発表した。

 たたき台素案というごとく、生煮え感は否めない。ことに自衛隊明記の素案は粗雑である(拙稿本欄平成30年5月1日付)。安倍首相(自民党総裁)は8月12日、長州「正論」懇話会で、秋に予定されている臨時国会へ自民党案の提出を目指す意向を表明した。改正に前向きな他党の意見も取り込み、国民に分かりやすい、精選された案文を提出すべきである。

 タブーのない論議が不可欠だ

 「平成」はあと残りわずかである。平成における憲法論議で特筆されるのは、19年5月に国民投票法を制定したことである。秋の臨時国会では、平成のなした証しとして、改正案を成立させ、国民投票に向けた確かな一歩を刻まなければならない。

 戦後73年、日本国民は多くのことを学んできた。また多くのものを改革してきた。日本国憲法は、その「押し付け性」を否定できない。戦後最大の課題は、日本国民自身の手で、日本国憲法を国情に適した形で改善する点にあることは論をまたない。

 枝野代表は、『文芸春秋』平成25年10月号に、集団的自衛権の行使を認める憲法9条の改正案を提示しているではないか。共産党は、憲法改正についての最終表明として、昭和21年8月24日、「憲法9条は、民族独立のため、反対しなければならない」と公言したではないか。

 われわれは、これらの見解を包括し、タブーのない憲法論議を展開していくことが求められている。それが成熟した民主主義国家の憲法論議のありようである。戦後、70年以上を経て、われわれは成熟した国民に成長していることに胸を張ってよい。無意味なレッテル貼りをやめ、真に日本国民のための憲法を模索していこうではないか。(駒沢大学名誉教授 西修 にしおさむ)