(100)清湖口敏 「日本文化の粋(イキ)」と読んだ河野太郎外相 外相が…出身だから仕方ない?  

国語逍遥
「ジャポニスム2018」の開会式でスピーチする河野太郎外相=7月12日、パリ(海老沢類撮影)

 お盆の帰省を心待ちにしている人も多かろう。故郷の家族や親類、友人らと久しぶりに再会し、話に花を咲かせるうちにふと口をついて出るのは、普段は忘れがちの方言(お国言葉)ではなかろうか。

 ということで8月の小欄は方言をテーマに書こうと、先月の頭から漠然と想をめぐらしていたところへ、興味深いニュースが飛び込んで(?)きた。これも“方言”に関わる話なので、今回はそのニュースを取り上げてみたい。

 7月13日朝のNHKテレビは、日仏友好160周年を記念するイベント「ジャポニスム2018」がパリで開幕したことを伝えていた。画面には「日本文化の粋 堪能を」のタイトルが出ている。

 アナウンサーが「河野外務大臣は、一人でも多くの人に日本文化のイキを堪能してもらいたいと呼びかけました」と紹介するのを聞いて、オヤッと思った。画面はやがて、開会式に出席した河野太郎外相のスピーチに切り替わったが、私は外相のどんな一言も聞き漏らすまいと耳を欹(そばだ)てた。

 外相は「多くの方に触れていただき、日本文化の」と語ったところで3秒ほど沈黙し、そのあと「イキをご堪能…」と続けた。

 とっさに私は、河野氏の出身地はどこだったかと考えた。だがすぐには思い出せず、ネットで調べてみたら神奈川県だった。

 〈首都圏か…。だからイキと言ったのだろうか。いや、まさか…〉

 スピーチの原稿には恐らく、「日本文化の粋をご堪能いただき」と書かれてあったはずである。この粋の字を外相は一瞬、どう読んだものかと迷い、沈黙してしまった。スイかイキかと悩んだ末に、イキを選んだものと思われる。

 国会の答弁などでは、大臣が文書やメモに書かれた漢字を読み誤るケースが後を絶たず、新聞ダネになったりする。今回の河野外相の「イキ」発言もその種の誤読だったのだろうか。NHKのアナウンサーも外相発言に忠実に沿ってイキと伝えたが、番組の事前の打ち合わせで何らかの議論はなかったのだろうか。

 私が外相の出身地を考えたのは、日本の風俗史上、「上方のスイ、江戸のイキ」が定着している、つまり「粋」の読み方が西と東とで異なることに思い当たったからである。地域限定の言葉遣いを方言と定義するなら、漢字の読みにも方言があることになる。

 このような方言を生むに至った歴史を、大ざっぱに過ぎるのはご勘弁いただくとして、辞書などを参考に簡単にまとめてみた。

 粋(すい)は江戸時代を通して主として上方で用いられた美的理念で、人情や世態の表裏、とりわけ遊里での遊興に通じているさまを言った。江戸では、上方の粋(すい)と意味が類似した「通(つう)」が流行する。

 上方では幕末まで粋(すい)が使われ続けたのに対し、江戸の通はやがて「イキ」に取って代わられることになる。イキはもともと心立てや気合を表す言葉だったが、遊興での心意気を賞美する言葉となり、粋(すい)や通の精神面を担っていく。本来の用字は「意気」だが、江戸末期には粋の字をイキと読むようになった。

 喜田川守貞が著した近世後期の風俗誌『守貞謾稿(もりさだまんこう)』巻10(女扮上)には次の一文がある。「俗間の流行に走る者を京坂に粋と云(い)ふ(音すい。=中略=これ花街の方言なり。その人を粋者と云ふ)。江戸にてこれを意気と云ひ、その人を通人と云ふ」

 九鬼周造の代表作『「いき」の構造』も「『いき』と『粋(すい)』とを同一の意味内容を有するものと考えても差支(さしつかえ)ないと思う」「『いき』と『粋』との相違は、同一内容に対する江戸語と上方語との相違であるらしい」と示している。

 以上のことを踏まえれば、河野外相がスピーチで粋をイキと読んだのも、やはり氏が江戸に近い神奈川の出身だったからという結論になるだろう。

 …と早合点してはならない。ジャポニスム2018は古典芸能や美術のほか、建築、食、映画、漫画・アニメに至るまで幅広く日本文化の魅力を紹介するイベントである。一部はともかく、それら文化全体にはたして「気風、容姿、身なりなどがさっぱりとし、洗練されていて、しゃれた色気をもっている」「遊里、遊興に精通している」(ともに日本国語大辞典)といった江戸由来の粋(いき)に通じるものがあるだろうか。

 否、あるまい。スピーチにおける「粋」は文脈に照らせば、「多数、多様の中で特にすぐれているもの、えりすぐったもの」(同)の意であることは明白であり、この場合、粋はイキではなくスイと読むのが一般的であろう。多くの国語辞典は「粋(すい)」の項に「東西文化の粋」「科学技術の粋」「粋を集める」などの用例を掲げている。

 さても漢字の読みというのは難しいものである。スピーチ原稿の漢字にルビを振ってさしあげるのは親切な方法だが、さりとてルビが多すぎるのも大臣には失礼だろう。さてもさても難しい問題である。