【清水満のスポーツ茶論】還暦の若大将も「高校野球が原点」 前巨人監督・原辰徳さん - 産経ニュース

【清水満のスポーツ茶論】還暦の若大将も「高校野球が原点」 前巨人監督・原辰徳さん

前読売巨人軍監督の原辰徳氏(早坂洋祐撮影)
 100回目の夏…。全国高校野球選手権大会が“聖地”甲子園で5日、開幕した。47都道府県の代表、56校がそろった。“おらがチーム”に声をからす。忘れかけた“プチ地元意識”が頭をもたげ、たとえ故郷が消えたとしても、必死に白球を追う球児たちの姿が清々(すがすが)しく、感動的である。
 今年の予選参加は全国で3781校だという。負ければ、その時点で終わりというサバイバル。“負けない1校”が頂点に立つ。厳しい道程である。
 とはいえ敗者にも、そこから始まるドラマがある。
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 前巨人監督の原辰徳さんの言葉がある。
 「甲子園では悔しい思いもした。けど、負けたからこそ学んだことの方が多かった気がする」。以前、甲子園の思い出を聞いたときこう話してくれた。
 東海大相模(神奈川)1年生の夏に初出場、1974年だった。その後、春夏合わせて4度、甲子園の土を踏んだ。最高は翌75年春準優勝。甲子園での成績は52打数20安打、・385、10打点、1本塁打…。
 「甲子園ではワンプレーで自信がつく。僕を飛躍させてくれた。(人生の)途上の場所でした。悔いのない時間を過ごすことの大事さを教えてくれましたね。高校野球は僕の原点」
 技術力、精神力を磨き、甘いマスクの“元祖アイドル・スター”としてブレーク。巨人に入団後も、偉大な長嶋茂雄さん、王貞治さんという“ON”の後継者として4番を打った。
 指揮官として12年間で7度のリーグ優勝(3度の日本一)、2009年のワールド・ベースボール・クラシックで世界一。今年、名誉の野球殿堂入りを果たした。
 拙稿は駆けだし記者の頃に高校生・原に会った。それから40年余…。“若大将”と呼ばれ、スターのオーラを放つ姿をずっと見てきた。時折、高校野球を話題にすると、いまでも目を輝かせる。
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 そんな原さんが先月22日に60歳、還暦を迎えた。昔なら“隠居のじいさん”だが、依然“若大将”だ。
 「年齢は関係ない。いつも“高校野球ぐらいのチャレンジ精神”を照れずに持つべきです」
 新たな挑戦はゴルフのシニアツアー。先月末『熊本・阿蘇シニアオープン』。最終日の1番(パー4、328ヤード)でワンオンさせてイーグル。117人中59位で堂々のデビューである。
 自己ベストは「66」。04年に相模原GC、16年に戸塚CC(いずれも神奈川)のクラブチャンピオンに輝いた。以前、49歳で野球界を引退、50歳でゴルフの全米シニア挑戦という夢を持っていたが、10年遅れで“夢の続き”。次戦は「ファンケルクラシック」(17日開幕、静岡・裾野CC)。老いない?姿があった。
 シニアツアーを主管する日本プロゴルフ協会の倉本昌弘会長は「原さんは“球さばき”がうまい。シニアで十分に戦える」。低迷するゴルフ界への新風を期待していた。
 もっとも原さんの本業は野球。目下、不振にあえぐ巨人の姿がある。“3度目の監督復帰説”には?
 「それはあくまで他動的なことですから…」と。“他動的”という言い回しを原流に翻訳すれば、“依頼があれば、やぶさかではない”とも取れるが…。
 高校野球を原点に常にチャレンジ精神を忘れず次の行動を誘ったのが原流。人生100年時代、シニア世代の人々にも、大いに刺激を受ける生き方である。