【正論】出現した中国の「新植民地主義」 文化人類学者静岡大学教授・楊海英 - 産経ニュース

【正論】出現した中国の「新植民地主義」 文化人類学者静岡大学教授・楊海英

文化人類学者、静岡大学教授の楊海英氏
 中国の習近平国家主席が7月、中東・アフリカ5カ国を歴訪した。習氏の外遊は今年3月に国家主席に再選され終身的独裁体制を築いて以降、初めてとなる。彼は訪問先で中国が推進する巨大経済圏構想「一帯一路」を通じた金銭支援を打ち出し、アメリカの保護主義を批判した。習氏の外遊は「中国流新植民地体制」の幕開けを改めて印象付けた。
 ≪定住型と搾取型のパターン≫
 一般的に植民地体制には2つのパターンがある。定住型と搾取型だ。習氏が訪問した南アフリカにはさまざまな先住民が暮らしてきたが、そこへオランダ系の白人が入植し、武力を駆使してアパルトヘイト国家を創建した。マンデラ氏のような平和運動家が終生にわたって闘争した結果、人種差別制度が撤廃された。しかし経済は外来の白人や定住した元植民地者に牛耳られたままだから、植民地統治の影響が消えたわけではない。
 もう一つは搾取型だ。入植者の白人が植民地で勃発した民族解放運動によって追放され、本国に戻ってからも、旧来のルートで入植地の経済と政治に影響力を及ぼし続け、利権を手放さない間接支配を指す。習氏が訪れたセネガルなど西アフリカの諸国はフランスの統治から離脱しても、今日に至るまで経済的依存から脱却できないのが、その典型的な例だ。
 フランスはその気になれば、いつでも現地の「子飼い」=代理人を通して宗主国の権益を確保する。こうしたヘゲモニックな状況は現在も全く変わっていない。
 ≪「一帯一路」こそ合致する≫
 従来の植民地体制はどちらも1960年代に崩壊した、といわれてきたが、われわれが見落とした現代史の別の側面がある。それは、中国による「新植民地」体制の確立だ。チュニジアの首都チュニスで60年1月に「第2回全アフリカ人民会議」が開かれた際に、独立したばかりのアフリカ諸国は「新しい形態の植民地主義の出現に警戒しよう」と呼びかけた。そして「新植民地」には以下のような特徴がある、と予想していた。
 第1は自らに従属する現地政府を擁護しながら内政干渉する。第2は経済援助を盾に多国間の権力構造を作り、軍事同盟と基地提供、ひいては軍隊派遣を通して弱小国を抑圧する-というものだ。
 58年も前の警戒心は実に先見の明を有していた、と高く評価しなければならない。というのも、習近平体制が進める「一帯一路」構想はまさにその「予言」にぴったりと合致しているからだ。アフリカ諸国の最大の貿易相手国となった中国の狙いは、資源と「天然の同盟軍」を獲得するところにある、と習氏は公言している。大規模投資や多額の借款で相手国を負債に追い込み、そして港湾と要衝を軍事基地として永年借用する。
 インド洋に面したパキスタンのグワダル港をはじめ、スリランカのコロンボ港とハンバントタ港、そしてアフリカのジブチなどは既に「成功例」とされている。
 「中国流新植民地主義」には旧来の植民地開拓と異なる特徴がある。それは、現地の政治体制に対し、人権や民主、投資運用の透明化など、うるさいことを一切、言わない点だ。巨大な工場や港湾を整備しても、働いているのは中国国内から連れていかれた労働者たちだ。労働者たちの僅かな給料を搾り取ろうとしてやってきた性産業従事者もまた中国人だ。
 こうして北京は「中国のアフリカ」を経営しているが、内政には干渉していないと宣言ができる。現地の独裁政府も地元の雇用につながっていない点に多少不満があっても、裏から大金が入るので、ほどよく解消されている。
 ≪国内の民族統治術が適用された≫
 中国はどこからこのような「豊富な経験」を積んできたのだろうか。答えは、国内の植民地経営にある。1930年代にアメリカの「歩く歴史家」、オーウェン・ラティモアはその名著『満洲に於ける蒙古民族』(善隣協会)の中で次のように指摘している。
 中国は確かに西洋列強の半植民地に転落してしまったが、同時に中国はモンゴルやチベットなどの諸民族に対し、西洋列強よりも苛烈な「植民地支配」を強制している、と喝破している。無数の漢民族をモンゴルの草原に入植させては軍閥政権を打ち立て、そして現地の人々が少しでも抵抗すれば、容赦なく虐殺する。
 西洋列強と中国に比べて、新生の満州国はモンゴル人の生来の権益を守り、民族自治が実現できている、とラティモアは評価している。彼は生涯、日本に厳しい態度を取ってきたが、満州国の政策に関しては賛辞を惜しまなかった。
 モンゴルとチベット、「東トルキスタン」(新疆)を漢民族の「国内植民地」として開拓して運営してきた中国共産党は現在、その統治術をアフリカ諸国に適用し始めた。こうした兆候は既に49年以降に表れていたものの、世界は共産主義体制に甘かったので不問にされてきた。「中国流新植民地主義」が世界を席巻しつつある今日において、国際社会はいかなる措置を講じるかが問われている。(よう かいえい)