【産経抄】8月6日 - 産経ニュース

【産経抄】8月6日

 広島に原爆が投下された朝、作家の原民喜(たみき)は、自宅の便所にいた。突然、頭上に一撃が加えられ、目の前が真っ暗になった。縁側から、川の方に向かって逃げた。
 ▼道端にうずくまっている女は、乱れ髪が焦げ、顔は約1倍半も膨張していた。川の中では、裸体の少年がすっぽり頭まで水に漬かって死んでいた。「水を。水を。水を下さい」。断末魔の声を聞きながら、夜を明かした。
 ▼原は、目の前の地獄絵のような光景を手帳に記録していた。そのメモを基に執筆したのが、原爆文学の名作『夏の花』である。最初のタイトルの「原子爆弾」を改題したのは、連合国軍総司令部(GHQ)の検閲を逃れるためだ。原は刊行の2年後の昭和26年、鉄道自殺により45年の生涯を終える。
 ▼被爆73年の広島原爆の日を前に、ノンフィクション作家、梯(かけはし)久美子さんによる評伝『原民喜』(岩波新書)を読んだ。孤独な少年時代を過ごした原は、大学卒業の翌年に結婚した妻によって、初めて心のやすらぎを得る。もっとも、献身的に支えてくれた妻は、33歳の若さで先立っていった。
 ▼生きる望みを失った原に、新たな「仕事」を与えたのが、被爆体験である。原爆の惨状を書き残すまで死ねなくなった。梯さんによれば、晩年の原は原爆が再び使われる恐れにさいなまれながらも、「自分たちの世代の後に、新しい時代の新しい人々が現れるという希望を失っていなかった」。
 ▼原は自死の直前、広島の地元紙の中国新聞に「永遠(とわ)のみどり」と題した詩を送っている。詩は、原の死亡記事と同じ面に掲載された。「死と焔(ほのお)の記憶に よき祈りよ こもれ」。原の期待と願いにわれわれは応えているといえるのか。胸に手を当て、静かに自問する日としたい。