スマホは「神経寄生生物」か 論説委員・長辻象平

日曜に書く
「歩きスマホ」をする人(村本聡撮影)

 昨日も、歩きスマホの男女と何度もぶつかりそうになった。朝晩の地下鉄のホームや改札口付近である。

 スマートフォンは、携帯情報通信端末だ。平成30年版「情報通信白書」によると、普及が始まってから、わずか8年ほどの間に利用率は爆発的な伸びを見せている。

 20代から40代の成人では95~86%が持っている。中高生などは80%、小学生でも30%というから改めて驚かされる。ほぼ、どっぷりのスマホ漬け人生ではないか。電車の中でも脇目も振らず、LINE(ライン)やゲームに一心不乱の毎日だ。

 ◆コオロギを操る寄生虫

 草むらで暮らすコオロギが自分から川や池に飛び込んで死ぬという不思議な行動が、フランスの進化生物学者によって研究された。

 調べてみると水に身を投じるコオロギたちは寄生生物のハリガネムシを体内に宿していたという。日本ではカマキリの腹中に多くいるので、くねくね動く黒いゴムひものような姿を見たことがある人も多いだろう。

 ハリガネムシは本来、水生生物なので、水中で子孫を残すために宿主のコオロギを川や池に飛び込ませ、体内から泳ぎ出ていたのだった。

 ハリガネムシは、コオロギに作用する神経化学物質を作り出し、コオロギの脳に働きかけて操り人形のように動かしていたことが突き止められた。

 昨年、出版された『心を操る寄生生物』(キャスリン・マコーリフ著、インターシフト)には、ハリガネムシの例をはじめ、小さな寄生生物が大きな宿主の行動をマインドコントロールよろしく指示している多くの具体例が紹介されている。

 神経寄生生物学という全く新しい研究領域が、30年ほど前に学界の無理解を克服しつつ開拓され、現在に至るまでの歩みも解説されている。

 この新たな研究分野の出現が生物学に与えたインパクトは大きかった。捕食者と被捕食者の関係の多くに、寄生生物が介在しているというのだから。

 これまで付属物のような存在として扱われてきた寄生生物こそが、実は陰の支配者だったのだ。自分の子孫繁栄のために、宿主を操作して捕食者の餌食になるように行動させ、次の宿主に乗り換えることもある。

 寄生生物はしたたか者だ。下等な存在のふりをして、生物界のダイナミズムを舞台の裏側で支配していたのだ。

 ◆スマホとハリガネムシ

 神経寄生生物学の視点で観察すると画面から目を離すことなく歩き続ける人間は、悲しいコオロギと二重写しの存在になってくる。

 スマホは非生物だが、細胞に取りつくウイルスも非生物だ。『心を操る寄生生物』によるとウイルスも人間の性格や行動を変える力を持っているという。

 スマホは人間の体内にこそ侵入していないが、ポケットやバッグに収まって一緒に移動している。エネルギーの電源と使用料を所有者に依存しているので立派な寄生状態だ。

 神経系を支配するハリガネムシは、コオロギやカマキリといった宿主の繁殖能力を奪うと報告されている。栄養分を寄生生物自身が独り占めにするための不妊化である。

 現代日本の出生率の低下の一因にも幾分か関係していそうな気がしてくるが、これは考えすぎだろうか。

 ◆ゾンビを連想させる姿

 スマホは便利な情報通信端末だが、あくまでも道具であり、手段である。その道具に生活の主導権を握られつつあるのに、警戒心をほとんど抱いていないのが現代人の姿なのだ。

 ゲーム依存だけではない。LINEによる人間関係のトラブルが多発して、それに悩む声も多い。

 児童・生徒の間での「ネットいじめ」にもLINEが利用されるケースが増えている。

 やはり現代人はハリガネムシに操られるコオロギに似ている。歩きスマホは、ホラー映画のゾンビに近い。

 人工知能(AI)は、指数関数的な勢いで能力を高めている。将来の情報通信端末は、体内に埋め込まれるほどに小型化し、体温で作動するようになるのだろう。

 あらがいがたい人類進化の方向性かもしれないが、そうだとすればホモ・サピエンスの将来は暗い。かく言う私もスマホを忘れて出張すると落ち着かない。気味の悪いハリガネムシを思い出して自戒しよう。(ながつじ しょうへい)