【主張】甲子園100回 球児が輝ける開催方法を - 産経ニュース

【主張】甲子園100回 球児が輝ける開催方法を

 全国高校野球選手権大会が、この夏で100回を迎えた。
 それぞれの記憶に残る選手がいて、名勝負がある。世代を超えて思い出を語り合うことができる高校野球はすでに、国民の暮らしに根ざした風物詩である。
 江川卓(作新学院)や荒木大輔(早実)、松井秀喜(星稜)、松坂大輔(横浜)といった、各年代のスターや「怪物」に青春時代を重ねる人もいるだろう。
 作詞家の故阿久悠さんが「最高試合」と称した昭和54年、和歌山・箕島-石川・星稜による延長十八回の激闘など、名勝負を熱く語る人も多いはずだ。
 春の「センバツ」とともに、夏の「甲子園」は高校野球の代名詞として、あらゆる世代に通じる。このようなスポーツは類を見ない。大切に守り、育てたい日本の文化である。
 そのためにも、球児の健康や安全に配慮した開催方法について、議論を続けなければならない。
 100回の節目は、高校野球のあり方を立ち止まって再考するいい機会だ。
 日本高校野球連盟はまず、過密日程の解消に努めるべきだ。近年は準々決勝と準決勝の間に休養日をはさむようになったが、連戦や連投の負担は大きい。全試合を甲子園球場で開催する方式は見直されていいのではないか。
 例えば、年末年始に行われる全国高校サッカー選手権では、東京の旧国立競技場が使われたのは原則として開幕戦と4強以上の試合だけである。
 酷暑の苛烈さは増すばかりで、炎天下で行われる試合は選手にも観客にも大きな負担となる。ドーム球場での開催を含め、大会序盤を他球場で分散開催するのも一考に値するだろう。
 一方で、今春の選抜大会からは延長十三回以降のタイブレーク制が導入された。選手の負担減を図るための策だが、無死一、二塁から始める形式は野球の本質を損ねていないか。
 全ての球児がプロを目指すわけではない。夏の甲子園を野球人生の最高峰と位置づけ、完全燃焼を誓う選手もいる。
 彼らが悔いを残さないように、あらゆる可能性を議論したい。主役である選手が輝けるよう、よりよい形を模索すべきだろう。次の100回を楽しむために。