【産経抄】7月31日 - 産経ニュース

【産経抄】7月31日

 1996年のアトランタ五輪の開会式は、クライマックスを迎えようとしていた。聖火台の前に現れたのは、誰も予想していなかったボクシングの伝説のチャンピオンである。
 ▼ムハマド・アリ氏は10年以上前から、難病のパーキンソン病と闘ってきた。震える左手を懸命におさえながら、トーチをかざし、聖火台につながるワイヤに火を付けた。かつての王者の雄姿に、スタジアムは興奮と感動に包まれた。
 ▼その2年後には、マイケル・J・フォックス氏が発病を告白する。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に主演した、日本でも大人気の映画俳優である。フォックス氏は財団を立ち上げ、治療法の研究を援助する活動に力を注いできた。2016年に74歳で亡くなったアリ氏も協力していた。
 ▼これまで根本的な治療法がなかったパーキンソン病の国内での患者数は、約16万と推定される。脳内で神経伝達物質ドーパミンを出す神経細胞が減り、運動障害などが表れる病気である。iPS細胞からドーパミンを出す細胞を作り、患者の脳内に移植する。そんな世界で初めてとなる治験を高橋淳京都大教授のチームが8月1日から始める。
 ▼アリ氏とフォックス氏の夢が、実現するかもしれない。そもそもの始まりは、山中伸弥京大iPS細胞研究所所長が作製し、ノーベル賞受賞の対象となった万能細胞である。実用化をめぐって、世界中で競争が激しくなるばかりだ。
 ▼4年前には理化学研究所が、目の難病だった加齢黄斑(おうはん)変性の患者にiPS細胞を移植する世界初の手術に成功している。手がけたのは、高橋教授の妻である高橋政代プロジェクトリーダーだった。iPS細胞治療で世界を牽引(けんいん)する夫婦のライバル関係も興味深い。