夏にこそ「防災の日」を 論説委員・鹿間孝一

日曜に書く
小田川の決壊で浸水被害を受け、連日の猛暑でひび割れた田んぼ=19日、岡山県倉敷市真備町地区

 豪雨と猛暑しか記憶に残らぬ7月だった。「記録的」などというものでなく、「歴史的」である。

 気象庁は「直ちに命を守る行動を」と大雨特別警報を発令し、「命の危険がある暑さ」と熱中症予防を呼びかけた。

 それでも西日本豪雨では200人以上が犠牲になり、なお安否不明者がいる。埼玉県熊谷市で41・1度と国内最高気温を更新した猛暑は、高齢者を中心に熱中症が相次いでいる。

文豪が描いた大水害

 谷崎潤一郎の名作「細雪(ささめゆき)」に阪神大水害が出てくる。

 昭和13(1938)年7月3日から5日にかけて、集中豪雨が神戸市などを襲い、六甲山のいたるところで土砂崩れや土石流が発生、死者・行方不明者約700人、損壊・浸水家屋約12万戸という甚大な被害をもたらした。平成7年に阪神大震災が起きるまでは阪神間では最大の自然災害といわれた。

 谷崎は当時、兵庫県武庫郡住吉村(現・神戸市東灘区)に住んでいた。近くを流れる住吉川も氾濫した。

 「六甲の山奥から溢(あふ)れ出した山津波なので、真っ白な波頭を立てた怒濤(どとう)が飛沫(ひまつ)を上げながら後から後からと押し寄せて来つつあって、恰(あたか)も全体が沸々と煮えくり返る湯のように見える。たしかにこの波立ったところは川ではなく海--どす黒く濁った、土用波が寄せる時の泥海である」

 文豪の筆は自然の猛威を生々しく伝える。

 「橋のところに押し流されて来た家や、土砂や、岩石や、樹木が、後から後からと山のように積み重なってしまったので、流れが其処(そこ)で堰(せ)き止められて、川の両岸に氾濫したために、堤防の下の道路は濁流が渦を巻いていて、場所に依(よ)っては一丈ぐらいの深さに達し、二階から救いを求めている家も沢山あるという」

7月は大雨シーズン

 今回の西日本豪雨で小田川が決壊するなどして濁流にのまれた岡山県倉敷市の真備地区の光景そのままである。

 梅雨前線の活動が活発になる7月上旬は、これまでも大雨による災害が多い。

 昭和36年には長野県南部の伊那谷などで崖崩れや地滑りが起き、流れ込んだ土砂で天竜川が氾濫した。「三六(さぶろく)災害」と呼ばれる。

 「42年7月豪雨」は台風7号から変わった熱帯低気圧が梅雨前線を刺激して、九州から中国、近畿地方にかけての広い範囲で大雨となった。

 「47年7月豪雨」は日本の南海上に台風6、7、8号が並び、相互に干渉して複雑な動きをする「藤原の効果」で大雨が長引き、被害は全国に及んだ。

 49年は「七夕豪雨」の名で知られる。静岡市では7日から8日にかけての24時間で500ミリを超える雨量を観測した。清水市(現・静岡市清水区)出身の漫画家で「ちびまる子ちゃん」の作者であるさくらももこさんは、その体験を「まるちゃんの町は大洪水」に描いている。

 昨年の九州北部豪雨も記憶に新しい。

もはや猛暑も「災害」

 「防災の日」は9月1日である。大正12(1923)年のこの日に起きた関東大震災にちなんで制定された。さらに多くの年で「二百十日」にあたり、台風シーズンを迎える。

 地震と台風への備えはいいとして、過去の災害に学ぶとすれば、梅雨の時期にも防災の日を設けてはどうか。

 梅雨が本格化する前に、防災訓練を行い、河川の堤防や土砂崩れなどが懸念される場所を点検しておく。注意報、警報、特別警報の違いや、避難準備、避難勧告、避難指示の意味を理解し、どのような状況になったら、どこへ、どうやって避難するか。防災用品や食料、水なども備蓄しておきたい。

 子供たちにも身近で起きた災害を教えるなど、防災教育が大切である。

 突然やって来る地震と違って、大雨には降り始めからいくらかでも時間的余裕がある。被害は少なくできるはずだ。

 加えて猛暑も「命が危険」な災害と認識したい。実際、熱中症で多くの人が亡くなっている。最高気温が35度以上を「猛暑日」と呼ぶようになったのは10年ほど前からだが、もう珍しくなくなった。

 暑さを我慢せずに冷房を使い、こまめな水分補給を心がけ、不要な外出は控える。そうやって自衛するしかない。夏を乗り切るのは、もはや命がけなのだ。(しかま こういち)