【正論】新防衛大綱の策定議論は十分か 京都大学大学院教授・中西寛 - 産経ニュース

【正論】新防衛大綱の策定議論は十分か 京都大学大学院教授・中西寛

中西寛・京都大学大学院教授
 なぜ検証作業が非公表なのか
 本年1月、安倍晋三首相と小野寺五典防衛相は現行の「防衛計画の大綱」改定を正式に表明した。また、防衛費についても当初予算ベースで本年度の5兆1251億円から5兆2000億円程度に増額されるとの予想が報じられている。
 2013年末に閣議決定された現行大綱では、今後10年程度を目途としつつ、国家安全保障会議において「定期的に体系的な評価」を行い、「情勢に重要な変化が見込まれる場合」には所要の修正を行う、と記されている。
 現行の大綱が策定されて以降の北朝鮮の核及びミサイル開発の進展や、中国の軍事能力の向上と南シナ海支配の進展、トランプ政権発足に伴う国際情勢の変化などを考えれば、現時点で防衛政策の見直し、改定作業を行うことは妥当だといえよう。
 しかしながら、新大綱策定にあたってどのような議論がなされ、決定に至るのかは明らかにされていない。国家安全保障会議は現行大綱決定とほぼ同時期に設置されたために、策定作業時には存在していなかった。従って今回は国家安全保障会議下での初めての大綱策定となる。
 ところが首相官邸ホームページにある同会議開催状況を見ても、5年前の現大綱の決定時以外には大綱の検証が議題となっている記録はない。
 もちろん検証作業を公表していない可能性はあるかもしれない。しかし軍事的機微に触れる問題ならともかく、公表文書である大綱の検証そのものを非公表にする理由は理解しがたい。それ以上に、少なくとも政府内、望むべくは政府外の専門家を含めた幅広い議論を行わずに進めるリスクを考えるべきであろう。
 日本は大きな環境変化に直面
 現行大綱以前の4次の大綱策定時には政府が設けた有識者会合が提言をまとめ、その内容を踏まえて大綱が策定される形式がとられていた。私もその一部に関わったことがあるが、そうした方式の弱点を感じ、有識者会議形式よりも政府内での不断の検証を通じた新大綱策定のプロセス導入を提言した。それは有識者会合の枠組みでは時間的制約が大きく、深い専門的議論には不十分と感じたからである。
 昭和の時代と異なり、平成に入って日本にも安全保障、防衛問題に関する国際水準の専門家が増えている。そうした各種専門家と官僚、自衛官が時間をかけて問題を検討し、その結果を国家安全保障会議を通じて、大綱をはじめとする政策文書に反映する方が健全であると考えたのである。
 今回の大綱改定の提起にあたって、国家安全保障会議事務局や防衛省内でどのような検証が行われたのかは承知しない。しかし、検証が行われたのであれば、少なくともその概要は公表されるべきだろう。なぜなら現在は日本の防衛政策をめぐる大きな環境変化の段階にあると思われるからである。
 1976年に策定された昭和唯一の大綱は、冷戦下の米中ソ均衡を前提に、自衛隊が小規模紛争への自立した対応力を備えることを提言した。平成に策定された4度の大綱は、冷戦後の地球規模およびアジア太平洋地域の情勢を念頭に日米安保体制の持続的強化を志向してきた。平成最後の大綱となる次期大綱は、もちろん日米安保体制を引き続き基盤とするが、より自立した選択を要するだろう。
 幅広い視点踏まえて検討を
 選択の第1の要因は量か質かである。米中の軍事バランスは「アメリカの質」対「中国の量」という構図になってきている。この中で日本は質量いずれを目指すのかを選択する必要がある。
 私自身は日本は質の向上よりも量的拡充の比重を増やして米国の高度兵器との組み合わせを選択すべきではないかと思うが、別の考えもありうるかもしれない。いずれにせよ幅広い戦略的議論なしでは、対米協調のためだけに高額兵器の購入を積み重ねる結果になりかねない。
 第2の選択は防衛支出の規模である。第2次安倍政権下で防衛予算が増加傾向にあるとはいえ、日本の3倍の国防費を支出する中国に額で拮抗(きっこう)することは非現実的だし、そもそも少子化のために人員の大幅拡大が望めない。
 トランプ大統領は国内総生産(GDP)比2%の国防支出目標の早期達成を北大西洋条約機構(NATO)加盟国に要求している。日本に対して同様の要求はないが、長年続いてきたGDP比1%程度という目途は維持しがたくなってくることは考えられる。それではどの程度の防衛支出が適当か。政治的、財政的観点も加えて幅広く議論すべきである。
 その他にも、陸海空三隊間の資源配分比の検討、国家安全保障戦略改定の要否、将官教育課程の体系化、統合防衛戦略の公表の必要性-といった諸問題も検討に値する事項であろう。性急に結論を出すのではなく、開かれた議論に基づく必要な検討を加えた上で新大綱が策定されることを望みたい。(京都大学大学院教授・中西寛 なかにしひろし)