【正論】思惑が裏目に出た米露首脳会談 北海道大学名誉教授・木村汎 - 産経ニュース

【正論】思惑が裏目に出た米露首脳会談 北海道大学名誉教授・木村汎

木村汎・北海道大学名誉教授
 非合理的なもの(政治)を何とかして合理的な理屈をつけて説明しようと努力する-これが、政治学である。このような趣旨のことを述べたのは、丸山真男(政治学)だった。トランプ米大統領、金正恩朝鮮労働党委員長、プーチン露大統領の3氏の言動をみるにつけ、この至言を思い出す。
 交渉の「誇示」だけが狙い
 ヘルシンキでの米露首脳会談が行われる前に、アンドレイ・コルトゥーノフ氏は、ぜひともシンガポールでの米朝首脳会談を、もう一度綿密に復習する必要をわれわれに力説していた。コルトゥーノフ氏は「ロシア国際問題評議会」議長でプーチン政権に近く、彼のアドバイスも、もともと同政権宛てに行ったものだったろう。とはいえ、事前の予想としては最も価値ある忠告だと私個人は受けとった。彼の事前予想が見事、的中した点を1点に限って紹介しよう。
 それは、米露両首脳がヘルシンキで首脳会談の開催をもくろんだ目的に関してである。トランプ氏とプーチン氏が1日だけの同会談で狙ったのは、必ずしも実質的な合意への到達ではなかった。己が米露交渉を熱心に行おうとしている姿勢を自国民および全世界に向けて誇示すること-これがその狙いだった。トランプ氏にとっては、中間選挙を秋に控え、オバマ前大統領が必ずしも熱心に取り組まなかったロシア大統領との会談のデモンストレーションである。
 プーチン氏はトランプ氏以上に米露首脳会談を欲していた。彼はトランプ氏の就任以来、同氏に事実上無視され続けた数少ない世界の指導者の一人だった。自分は、18年間以上にもわたってロシアの最高指導者のポストを占めている。しかも今日、己こそは国際政治の行方を決定する最重要人物だ-プーチン氏にはこのような矜持(きょうじ)がある。にもかかわらず、在任18カ月を過ぎようとするのに、米大統領はただの一度として正式会談を求めなかった。これは、大国ロシアの沽券(こけん)にかかわり、ロシア国民にも示しが付かない侮辱に他ならない。
 憤激招いたロシア・ゲート
 プーチン氏がいかに熱心に米露首脳会談を欲したか。これは、同会談の下準備を行うためにモスクワ入りしたジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)との会合に自ら参加した事実からもうかがわれる。ボルトン氏はロシア大統領の立場からすれば格が下の人物で、そのような彼との下交渉はラブロフ外相に任せておけば十分なはずだった。
 しかるに日頃遅刻常習犯で有名なプーチン氏は、ボルトン氏との会合に関しては予定時刻よりも早く会場に到着しさえした。ついでに述べると、プーチン氏はトランプ氏とのヘルシンキでの本番の会談には、またしても約1時間遅刻した。このような宮本武蔵流のあざとい戦術は今日、逆効果だといえよう。このことが象徴的に示しているように、プーチン氏は、彼の常套(じょうとう)戦術に世界が飽きを感じ始めていることにそろそろ気づくべき時期だろう。
 今回の米露会談後には6月の米朝会談とは異なり、共同声明の発表もなかった。米露間でその解決が焦眉の急に迫っている次のような問題をめぐって進展もなかった。例えば、ウクライナ、シリア、イラン、北朝鮮に関する係争事項である。
 ましてや、私を含む一部の者が事前に最も懸念していた次の2点に関して、トランプ氏は、プーチン氏に譲歩しなかった。すなわち、ロシアによるクリミア併合を事実上承認するにも等しい対露制裁の解除、そしてロシアのG8(主要8カ国)への復帰である。なぜか。
 その理由は、数々指摘しうるだろうが、私個人は「ロシア・ゲート」が影響したと判断する。2016年の米大統領選へ不正介入したかどで、米特別検察官は、ヘルシンキ会談に先立つ13日にロシア情報機関員12人を起訴した。周知のごとく、トランプ氏はヘルシンキでロシア疑惑を否定したために、米共和党幹部の憤激さえも招き、これは今秋の中間選挙でトランプ氏にとりマイナスの影響を及ぼすかもしれない。
 過剰行動の代償払うプーチン氏
 プーチン氏はヘルシンキでロシアによるサイバー攻撃を否定した。当然だろう。とはいえ、そのことが冷戦後最悪とされる米露関係を導いた事実を反省し、中間選挙で同様の挙に出ることを抑制するだろう。だとすれば、それは次のようなプーチン第4期(2018年~)政権についての私の見方を裏づける。
 プーチン氏の第4期政権は、第3期に敢行した「過剰拡張」行動のつけを払う時期に該当する。プーチン氏は、例えばウクライナへ侵攻し、シリアを空爆し、米国の選挙にも介入した。これら「成功の甘き香り」(?)は、今やブーメランのようにプーチン氏に逆襲し始めた。プーチン氏が果たして代償を払う以上のことをなしうるのか。このことを含め、今回の首脳会談の最終的評価は、今後の歴史が証明することになろう。(北海道大学名誉教授・木村汎 きむらひろし)