劉暁波氏追悼と1989年

ベルリン物語
経由地のフィンランド・ヘルシンキ空港で笑顔を見せる劉暁波氏の妻の劉霞さん=10日(AP)

 中国のノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏の妻、劉霞さんのドイツ出国は“対米共闘”を望む中国が独側の求めに応じ、実現したといわれる。ただ、陰で支えた独側関係者の役割も見逃したくない。劉氏一周忌追悼式の取材でそう感じた。

 劉氏夫妻の姿が映されたスクリーンを背にギターを奏でて歌ったのはドイツの著名歌手、ボルフ・ビーアマン氏。旧東独では共産体制に批判的な創作活動を行って体制に目をつけられ、旧西独に移った。

 ビーアマン氏は劉霞さん出国を目指す中国人支援者と独政府をつないだとされる。取材に「人道とは何かを、権力にしがみつく者は理解できない」と中国の人権抑圧を批判。その言葉に自身の経験がにじんだ。

 「人生の義務」。こう語るのはノーベル文学賞作家でルーマニア出身のヘルタ・ミュラー氏。劉霞さんの受け入れ準備にも関わったとされる。支援するのは、共産体制下のルーマニアで多くの友人が迫害された経験を持つことが背景にある。

 会場となったのは旧東ベルリンの反体制派が集った教会。1989年、そんな民主化を目指す市民の動きは東独など東欧の共産圏で結実したが、中国で天安門事件は弾圧された。30年近くたった今、独裁体制を知るドイツの人々がユーラシア大陸の反対側で続く抑圧とも戦い続けている。(宮下日出男)