FIFAの「館」に棲む亡霊

黒沢潤のスポーツ茶論
ゼップ・ブラッター前FIFA会長(ロイター)

 強烈な“アク”の持ち主でありながら、小太りで、どことなく憎めないキャラクター。サッカーファンならずとも、誰しも一度は目にしたことがあるはずの男性が先月、ロシアの地に降り立った。2015年まで約17年間、国際サッカー連盟(FIFA)のトップに君臨したゼップ・ブラッター前会長(82)だ。

 絶大な権力を持ち、汚職の噂が絶えなかったが、同年のFIFA汚職事件で幹部が軒並み逮捕される中、辛くも訴追を免れた。ただ辞任した後、FIFA倫理委員会が怪しげな行為を問題視し、サッカー関連活動を当面禁止にするなど、厳重処分を突き付けられた。

 “謹慎”処分が解除されるのは数年先。こうした中でワールドカップ(W杯)開催中のロシアへの電撃訪問をやってのけた。6月20日のポルトガル-モロッコ戦を観戦し、旧友プーチン露大統領とも会談した。

 「個人的に(大統領側から)招待された。サッカーの関連活動ではない」。ブラッター氏はこううそぶいたという。また、ロシアW杯を「私のW杯のように感じる」とまで言い切った。

 これにかみついたのが欧米メディアだ。ロイター通信は「FIFAを辱めるものだ」と批判。AP通信も「汚職後、信頼回復に努める(FIFAの)新体制を不快にさせた」と断じた。

 一国の元首からの「招待」をダシに、FIFA倫理委員会の裁定を“骨抜き”にする-。ブラッター氏の行為は、サッカー界のモラルへの重大な挑戦と映る。

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 彼が職を追われる契機になった汚職事件の摘発は、15年5月27日、スイスの風光明媚(めいび)な土地に立つ豪華ホテル「ボーオーラック」が起点となった。

 「ドアまで来てください。さもなくばドアを蹴飛(けと)ばして中に入ります」

 スイスの捜査官たちはこの日未明、FIFAの会議のため宿泊した幹部たちの部屋を急襲。ドア越しにこう言ってすごむと、眠い目をこすって出てきた重鎮らを一網打尽にした。

 容疑は米国舞台の収賄や不正送金など。当時ニューヨーク赴任中で、米連邦捜査局(FBI)が捜査を主導する事件をあわただしく連日取材しただけに、今も記憶に鮮明に残る。

 幹部たちの汚職体質は目に余るものだった。「ミスター10%」の異名を持つ元理事はスポーツ関連業者に契約額の1割を見返りとして要求し、13億円の不正利益を得た。懐が肥え、ニューヨークの豪華マンション「トランプ・タワー」に月額約290万円の部屋を借り、飼い猫に月額約72万円の部屋まで与えた。米マイアミやバハマのリゾート地に高級別荘も所有した。

 第三者から金品を授かることを“FIFAの文化”と豪語した元副会長が要求した賄賂は約12億円にのぼる。米司法当局者は悪辣(あくらつ)なやからが巣くうFIFAについて「ゆすり、たかり、汚職まみれ」と断罪した。

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 FBIが当時、捜査したのはあくまで米大陸舞台の事件。ロシアでのW杯前、各国でいまだ眠る腐敗汚職がまた噴き出すと期待したが、静かに大会の幕が開き、そして下ろされた。

 ただ、「棺に入れ、クギを打って閉じ込めたのに、蘇(よみがえ)ってきたフランケンシュタイン」などと識者が形容するブラッター氏をはじめ、うまい蜜を吸ってきたFIFA関係者が世界中で今もうごめいているのは間違いない。少しでも怪しげな動きが露見すれば“裁きの庭”が待ち受けている。